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自然に復原するのだから国会の審議は不要である
昭和三十四年
しかし井上氏は、天皇の輔翼機関に「政府国会」の四字を用いているが、国会で無効確認を審議することになると、現在の国会では杜会党の勢カが強過ぎ「現行憲法擁護全国共同闘争」などを行って、「帝国憲法復原の詔書換発までに国内に大騒擾(だいそうじょう) を惹起(ひきおこ)すおそれ」がある。
ところが現在の民主憲法は「占領状態に奉仕するために時節随順の仮憲法」に過ぎないのであるから、明治憲法復活の時節到来の「今」であるから、国会の審議など行う必要はなく、(審議によって出来た憲法は欽定憲法でなく民定憲法となる)欽定憲法の復活の性質上、国会審議不要であり、輔翼大臣だけが「日本国憲法無効、帝国憲法復帰の詔書換発」を奏請すればよいと思う。
井上氏はあれほど理路整然と、現行憲法の無効論を説きながら、現在の国内状勢を鑑みて それを実現するのは中々むっかしいと悲観的なことを述べているが、それは国会審議などを考えているからではなかろうか。無論、「明治憲法復帰宣言」に先立って、現行憲法が何故無効であるかを国民に充分 PRしておくことはその「復帰宣言」にともなう国内の騒擾をふせぐのに有効である。私がこの稿を書いたのも、そのPRの一端としたい念願からである。また実際それを宣言してみれば、天皇の御徳のゆえに、案ずるよりも産むがやすく国民の大多数は歓呼の声を挙げて喜び、祝賀の堤燈(ちょうちん)行列などもやり兼ねないと思われる。
私が憲法復原を願うのは井上孚麿氏のように単に法理論上から言うのではなく現行憲法が占領軍の日本弱体化政策上つくられたものであるから、この憲法を楯にして、どんな法律や条例でも憲法違反として無効の判決を下し得るからである。その実例は既に、砂川事件の判決や、全学連幹部の東京都条例違反などにも、安保条約や都条例そのものが憲法違反だというので、無効の判決がでているのである。
現行憲法には日本弱体化の政策として根本的に「集会、結杜及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」となつているので、どんな大仕掛の集会(暴動的な大衆行進でもどんなエロ行為の映画上映)でもそれを禁止すれば、それは違憲として無効の訴訟が出来、裁判官が「赤」であれば、どんな日本破壊行為をも止めることができないからである。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
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2013年01月14日
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