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新旧憲法には何等つながりはないのに
旧憲法七十三条による改正として国民を欺いた
こうして、現行憲法は、明治憲法を実質的には占領軍の圧カにより、廃棄した上に、新たな草案で新憲法を作らせたものであるから、実質的には新旧憲法は何らのつながりもないものである。
そして統治の主権者及び統治の形式を定めたる重要な条章は「主権在君」から「主権在民」という全然新たなる内容に占領軍から強圧的に押しつけられたものであるから、新旧憲法の間には何らの継続はないのである。所謂(いわゆ)る、これは、「革命されたる憲法」である。主権者及び統治の形式が全然変更されるということは「革命」にほかならないのである。その革命を革命の様相を隠蔽(いんぺい)して、できるだけ静かに推移せしめるために、旧憲法七十三条による「改正」という形式を、占領軍がとらせたのである。
謂わば占領軍の傀儡(かいらい)政策により日本政府の「自発的改正」の如き外貌を呈せしめて、日本国民を欺瞞したのであった。
これに対して、井上孚磨氏は、このような統治の主体及び統治の形式の根本的変改は、「改正」という語義の限界を超えるものとして、それは「改正」ではなく「旧憲法の廃棄と新制定」であって、「改正限界を逸脱」している「無理」を、「改正」の場合を規定している七十三条で遂行したのであって、これは「法的不能の罪を犯すものであるから、法的には無効とならざるを得ぬのは勿論である」と結論を下しているのである。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
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