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首相を守るために傷つく警官もある
昭和四十四年
武藤貞一氏は、佐藤栄作氏のために、「戦場で決死、敵に当る兵士はあるまい」と断言しておられるが、事実は、戦場ではないが、羽田飛行場に佐藤総理大臣がアメリカ訪問のために出かけるのを途上に邀(よう)して阻止しようとした三派全学連に対して佐藤総理の一身を守るために、警官が自分の生命を的にして出動して学生と戦って、双方、多数の負傷者を出したのであった。
これは占領憲法下では首相は単なる「象徴」ではなく、警察業務はもちろん、行政全般を掌握する指揮者であり、自衛隊と称する陸海空三軍の最高指令権をもつ指揮者であるからだ。この実権をもつ指揮者が「俺の一身を衛るために、警官よ、出動して、全学連と戦え」と指揮すれば、その闘争が警官自身の生命にかかわる危険があっても、自身の生命を犠牲にして戦わねばならぬのであり、また戦ったのであった。
ただ「これでよいのか」という疑問がわれわれ国民の潜在意識の底に残るのである。佐藤総理がただ自分の一身を守るために、国民同士(警官と全学連と)を戦わしたことに対する反感から、「現在の体制」に対する反感がますます高まることになり、それ以来、全学連の反体制的暴動がエスカレートすることになったのであることに、佐藤総理は気がつかないなら、それはあまりに国民的反感に対して鈍感すぎる言わねばならないのである。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
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2013年02月01日
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