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もし日本が分割されていたら
昭和四十四年
最近、私は、皇学館大学教授田中卓博士の『国家興亡の岐路』と題するパンフレットを贈呈された。この本はわずか定価六〇円の手ごろの本であるからぜひ諸君に読んでもらいたい。その中に分割されたドイツの悲惨が次のように書かれている。
「なかんずく気の毒なのはドイツです。戦前のナチス・ドイツはヒトラーの指導の下に鉄の団結を誇る民族でありました。そのドイツは、戦いに破れて東西に分裂させられ、たとえば東京にあたるベルリンの町のまん中に国境線があって、旅行者はその国境線で厳重な身体検査を受けます。そして国境線では同じドイツ人が違った色の軍服を着て自動小銃をかまえて睨み合っているのです」
私もベルリンヘ入ってこの実情を見て来たが、ソ連圏の東ベルリンは、言論の自由も、経済の自由もない警察国家なので、その搾取と窮屈さに耐えかねて東ドイツからアメリカ圏の西ドイツに逃亡するドイツ人が三百五十万人に及ぶに至って、東西ドイツの国境は有刺鉄線の鉄条網によって閉鎖せられ、自分の娘が東ドイツヘ嫁に行っていても、その両親は逢いに行けないような不自由な状態であったり、東ドイツから裸一貫西ドイツヘ移転すべく鉄条網をくぐった瞬間、ソ連の哨兵に銃殺された青年の墓が西ドイツ側の鉄条網のごくそばにあって、花が供えられていた。
日本がこんな状態にならなかったのは、ソ連の北海道進駐をゆるさなかったマツカーサー元帥と蒋介石総統の叡智ある処置に負うのである。われわれはこの恩恵を忘れないのである。アメリカに「還れ」といったり、蒋介石政府を国連から閉め出して、中共を国連に於ける中国代表者としようなどと考える者があれば、彼は破廉恥(はれんち)な忘恩者と評するほかは仕方がないのである。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
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