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礼拝合掌の精神を復興せよ
似而非(えせ)民主主義の弊害のもう一つは、人間平等の思想が悪平等にまで発展して、尊ぶべきものを尊ばず、従って自己をも尊ばず、すべての者を動物的肉体人間の一線に引卸したことである。人間の平等は、人類すべてが神性を.内に宿すと云うことであって、先ず自己と相手を礼拝することから始まらなければならないのである。しかるに尊ぶべきものを偶像崇拝の破壊と云う意味に於いて尊ばないことが民主主義だと云うが如き考えである。
天皇に対して尊敬の念を有たないと云うことは「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(憲法による)を侮辱することであるから、日本国そのものを侮辱することであり、自己が日本国民である限り、自己を侮辱し、国民統合の意志を侮辱することである。昭和二十七年五月十日の「中外日報」筧潮風氏(かけいちょうふう)が皇居外苑における平和条約発効記念式典の状況を書いているがその中にこんなことが書かれている。
「それに新聞記者の行儀の悪いのは昔からの通則だが、この連中の不作法には全く以て愛想がつきた。陛下のお言葉に後を向いたり横を向いたり、一体何をしに参列したのか、今更俺はここに居るぞと狂天狗(きちがいてんぐ)にでもなっているのか。遺族の中にはその不行儀、不謹慎をぷんぷんに怒って居た連中もあった」
こう云う日本を侮辱する新聞記者が日本国民の思想を導いて行くのであるから甚だ危険な訳である。真の民主主義とは、「人間すべてを礼拝して行くのであり、秩序に従って上が上であり、右が右であり、左が左であり、男が男であり、女が女であり、その位置に於ける差別をみとめながら、その本質なる神性を礼拝し尊敬して互に与え、且つ奉仕し合って行く」ところに真の民主主義があり、地上に天国浄土がうまれて来るのである。
相手を礼拝せず、互いに軽蔑し、心で、また言葉で罵り合い、自分の利益を暴力で、又は集団で脅戚して戦いとって行くところには好戦主義の利己主義があるばかりである。
谷口雅春著「私の日本憲法論」
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2013年03月11日
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