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忠孝の感情を育成せよ
 
称するところの民主主義が、日本の家族制度の美風を破壊するために利用された云うことは、小中学の教科書に「忠孝」の文字が一字も見当らぬようにされていると云うことである「家」とか「忠孝」とか云うのは封建思想だと云うのである。
 
 
尤も、占領軍にとっては、被占領国民が旧支配者に「忠」であっては占領行政に困難を生ずる点もあるので、「忠」を非民主主義的道徳として排斥したのは、占領政策として巳むを得ないことは諒(りょう)とし得る。しかし「孝」を排斥してしまったのはどう云う訳であろうか。母の日を設定して、その日には胸にカーネーシヨンの花を挿(さ)して母の愛を偲ぶ風習はアメリカから講和後になって日本に来たのである。「孝」は必然的に、血をもって過去の歴史的連続に直結する。そこから歴史的連続としての天皇直結の日本国家への「忠」が再発生する惧(おそ)れがあるから、謂うところの民主主義の原則に従って「老年の親と云うものは子供が愛情をもって養う必要はない。それは杜会保障制度によって杜会が養老院を造って養えば好い」と云う風に「子」との愛情的つながりを切断した。
 
 
そして遺産相続も「家督相続をする長男」と云う家を護る役目の特定の「子」がなくなったので、その遺産は平等に分配される。従って兄弟姉妹互いに、「わしばかりが親孝行する必要はない。お前だって財産を分けて貰ったのだから、お前が親孝行すれば好い」と云う風に、親孝行の譲り合いをして、実際には一人として親に孝養を尽すものがなくなるのである。
 
 
私は斯う云う実例を、沢山見ている。私は決して、親と云うものが老年になって子供から経済的援助を期待するのが正しいと云うのではない。又それを期待すべきものとも思っていない。しかし親たるものが求むるものは、生活の杜会保障制度によって人間的愛情のない養老院と云う機構で世話されると云うことではないのである。彼らが求めるものは、肉親の温い愛情であるのである。愛のない社会保障機構が自働的に世話してくれても、それは肉体は栄養をとることが出来るにしても、魂は栄養をとることが出来ないのである。
 
 
所謂る民主主義による「家」の制度の破壊はかくのごとくして親子の間の魂の間の暖いつながりを遮断して、魂なき形骸に置きかえたのである。これによって家庭争議、親子喧嘩、兄弟牆(かき)に相鬩(せめ)ぐ状態が頻々と起るようになって、日本国は内部争闘によって弱体化せしめられたのであるこれは占領軍が被占領国を弱体化する政策としては好箇のものであったにしても、独立後の日本を強化するためには「家」の理念を復活し「家」の制度を復活せしめなければならないのである。
 
 
 
谷口雅春著「私の日本憲法論」
 
 
 

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