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つづき 表現文字の制限は文化を低下させる
歴史的仮名遣を廃して発音式に何でも書けば簡単で児童の精神を過労せしめないために結構だと云うアメリカさんの日本への押し付け政策が正しいのならば、何故アメリカさんはhighとかneighbourとかphotographとかの発音には不要なサイレントのghを消さないのか、phを何の為に簡単な発音通りのfにしないのか。アメリカの兵隊さんにphotographの綴りが書けない者が沢山あったこともきいた。アメリカさんは自国の歴史的綴字法(ていじほう)を廃せずして日本に対してのみ深切めかしく歴史的仮名遣を廃するように勧めたのは何かその奥に理由がなければならないのである。
それはまことに「占領政策」であって、日本強化の政策では無論ない。発音通りの仮名遣にして、しかも使用する漢字の数を滅らしてしまって,
二、三代経つうちには、その発音は如何なる漢字から来たか不明となり、現に使っている言葉と、それがよって由来した語源との連絡が不明になり、日本の古典や古き歴史の書物が読めなくなる。かくて日本の歴史を読む能力のなくされた日本人は、心の中で歴史なき日本人となるのである。歴史なき国民は浮浪児と同じである。浮浪児は「家」がないから「家」を護ろうなどとは考えない。
それと同じく、歴史なき国民は歴止的存在としての日本国を護ろうなどとは考えなくなる。日本人はコスモポリタンとして、国際的浮浪児として、全体の中に溶けて無くなる。まことに巧みな占領政策であったのである。このような占領政策に迎合して参議院で、常用漢字の制定や、発音通りの仮名遣を全日本人に強制することに骨折った議員が、錚々(そうそう)たる文学者の中にもあったのだから、如何にその占領政策が巧みなものであつたかがわかるのである。教科書の漢字制限以後に教育された青年が、どんなに読書力が低下しているかは、日本教文杜で発行している「理想世界」と題した易しい雑誌が読めない青年が多いのでもハツキリわかるのである。
言葉と文字とは幼年時代に教えて置けば、同時に三カ国語位は覚えられるのである。吾々よりは十年も前の日本人は四、五歳位にして漢文を修め四書五経を素読し得たのであるが、それでも難かしすぎて頭脳を悪くしたと云う明治初年時代の人間はいなかったのである。吾々の時代になると漢文はそんな幼年では教えられなかった。やっと中学時代になって漢文を習ったのであり、従って、もう吾々の時代には短くて含蓄と深味のある文章を書けるものは乏しくなった。まず森鴎外あたりをもって漢学の素養が文章に味いを与えていた時代の終末と見て好いのである。漢字が読めなくなると忠孝の思想を盛った古典が読めなくなる。こう云う点にも占領軍の施策に深謀遠慮が見られるのである。
谷口雅春著「私の日本憲法論」
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2013年03月19日
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