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作るときの目的意思が利用者に作用する
最近にも、「理想世界」誌ジュニア版の編集主任(当時)をしている佐野一郎君がその細君と同伴して、白家用自動車に乗って、狭い道路から広い道路に出て曲ろうとする瞬間、広い道路を疾走して来た自動車に正面衝突し自分の自動車は滅茶滅茶に大破し、相手の自動車にも相応の損傷を与えた。
佐野一郎君は一時、瞬間的に失神したが、気がついてみると、自動車の前方にぶらさげてあったお守り用の『甘露の法雨』(それは経本の形で経文を印刷した紙がサックの中に折り込まれている)の中身の経文の紙が自然にサックから抜け出して広がり、佐野君夫婦を経文の紙が護るかの如く包んでいたのであって、そして夫婦はいずれも微傷も帯びていなかった。念のため病院に一日入院、入念にしらべて貰ったが、どこにも異状がないとの事であった。この経本は、中身の経文の紙とそれを包んでいるサックとはピッタリ密着していて、当り前なら、自動車衝突のハズミ位で、中身の紙がサックから脱け出すなどということは物理的には考えられない事であるが、そこに善念による奇跡が起ったのだ。
この聖経は観世音菩薩からの霊感により執筆されたものであって、その製作または執筆のはじめから、衆生を護念する目的でつくられたものであるから、衆生守護の善念のはたらきで、そのような神秘な守護が行われるのだと考えられるのである。
ものは、同じ形をしても、それを作るときの目的意思が善念であるか、僧念であるか、護念であるか、悪念であるかによって、それを着ける人に対する影響力が良くもなれば悪くもなるのである。ここで私はこの欄で一体、何を言おうとしているのであろうか。それは決して聖経を身に帯びる人の功徳を宣伝するためではないのである。しかし、言わなければ、分かって貰えないからいうのである。観世音菩薩の衆生護念のインスピレーシヨンによって書かれたる聖経は戦中にはこんな守護の奇跡も与えた。
はじめて連合軍がヨーロッパ戦線に出動してイタリアのシシリー島に上陸しようとしたとき、白人部隊も黒人部隊も悉(ことごと)く全滅戦死したあとを受けて、上陸に成功したのは、ハワイの日本民族第二世で編成された第百大隊と四四二部隊の米軍で、この部隊の日本人第二世の兵たちは当時ハワイの生命の実相白鳩会の会長宮川和子さんが、英訳の聖経『甘露の法雨』に神想観して"祈りの護念"をこめたものを"お守り"として一冊ずつ贈呈してあったのである。
その英訳聖経『甘露の法雨』(厚さニミリ位の小冊子)に敵の機関銃弾が命中しながら、それを銃弾が貫通することが出来ないで、無傷で上陸した日本人兵がその部隊に沢山あり、それによって、シシリー鳥に橋頭優堡が築かれ、連合軍が続々上陸し得て大いに戦果をおさめ、欧州戦線を早期に収拾することが出来たのであった。
この事は米国の中央政府のみとめる処であって、その功績により、ハワイは単なる殖民地から第五十番目の正式の“州“にランクされ、戦後日本人に対するアメリカの好意や日本の国に対する援助は、このハワイに於ける日本人部隊がアメリカに忠節で非常な戦功をたてたことに対する好感がその原因しているのであるが、それは後の事で、アメリカ軍の日本占領直後は、日本をアジアの四等国以下に抑えておこうという、日本に対する憎念又は逆念をもって計画的に作成された文章が、あの日本国憲法なのである。この日本国憲法制定の過程に無理があり、明治憲法に対して違憲であることは私も指摘し、他の多くの人々も指摘しているし、その内容に不合理な無茶が無数にあるのであるが、今日はその成立過程及び、内容に於ける不合理の点は紙数の都合で言わないことにして、今まで誰も言わなかったところの心霊学的分析から判断して私は次の如く結論するのである。
すべての事物は、それを作る時の製作者の「心の状態」が、祝福の念をもって作ったものは、それを着用する人に幸福を与え災厄を防ぐが、それを作る時、憎悪や呪詛の害念をもって作ったものは、それを着用する人に不慮の禍を与えるものであるという心霊学的原理からして、現行の日本国憲法は占領直後のアメリカ軍司令部が、日本国を最低の状態に抑制しておこうという憎悪や呪詛の害念をもって作文したものであるから(彼らが日本国及び日本人をどんなに僧んでいたかは東京裁判の無茶でもわかる)これをわが国が着用する限り、日本国は、害念をもって編んだセーターを着用した子供が、始終転んだり衝突したりして怪我したと同じように、たえず、憲法制作者の日本国僧悪と呪詛の念に支配されて、国内騒乱や不祥事が起ることになっているのであって、学生騒動の如きは、その国家不祥事の、ほんの発端に過ぎないのである。
速かに、この憲法の制定が明治憲法第七十五条及び、明治憲法発布の勅語に照して、為すべからざるものを占領軍政の圧カによって、違憲であることを頬冠(ほおかむ)りして合憲の顔をしてごまかして強行したものである事実を明かにしてその無効と明治憲法の復効とを宣言しなければ、この偽憲法を日本の国が着用している限りそれは自己破壊憲法として段々、日本の国は革命の奈落の底に沈んで行くほかはないと私は警告するのである。
(日本国憲法をマッカーサーの押しつけでないとするために、第九条の戦争放棄条項を幣原喜十郎氏の発想であるとマ元帥がいったことについてはマ元帥以外には誰も証人はないので、全くマ元帥の虚構であると、最近出た三枝茂智氏著『真説・新憲法制定の由来』には縷々(るる)とその所以を説明している)
谷口雅春著「私の日本憲法論」
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