|
参議院選挙で反省すべきこと
昭和三十一年 最近の参議院選挙の結果を顧みると、自民党全体としての支持票は減じてはいないが、緑風会の支持票が激減し、それが社会党(現民主党)支持票に転換してしまったように見えます。そして結局は社会党を含む革新派の議員数が参議院の三分の一以上を占め憲法改正が今後三年間足踏みの状態になったのであります。 国民の意志表示は、その三分の一に少し上回る人数だけが憲法改定に反対だというのであり、やはり国民の三分のニ弱は憲法改正賛成だということだと結論できるのでありますから、国民の大部分は改憲に反対だということではありません。併し憲法改正賛成に絶対多数を制し得なかったことは、ある意味では私たち明治憲法法復原論者側には有利なのであって、憲法復原論者と、憲法改定論者とは似ているようで実は異なるのでありまして、それはこれからの所論でも明らかになりますが、既にニ回にわたって憲法専門学者の憲法復原論を本紙は紹介して来たのであります。宗政連においても憲法復原論をとるべきか、憲法改定論をとるべきかは度々論のあったところで終始復原論を主張して来たのであります。 併しながら今度の選挙で自民党が圧倒的優勢を獲得することができなかった原因は、 第一は党内の有力な意見まとめ役である三木武吉氏の死去により党内の派閥争いが激化するであろうとの推定のもとに鳩山内閣(元総理の祖父)の前途に暗影を投じて、鳩山内閣に対する信用がそれだけ減ったことであります。 第二は、プライス勧告をめぐって沖縄問題が激化し、それを左翼が利用するところとなって、親米的な鳩山内閣の対米軟弱外交が攻撃され、左翼こそ愛国者であって真の日本の独立は自民党では成し得ない、その実例は沖縄問題を見たらよいではないかというような感を与えたことであります。これは米国外交の失敗でもあります。 第三は、今度の選挙に革新派が参議院で三分の一以上の議席を獲得し得なかったら、憲法は「改憲」されるぞ、そしたら、あなた達の愛児は徴兵にとられて海外派兵をしなければならなくなり、太平洋戦争時代のような悲惨な目に会わされるぞーというような社会党側の宣伝が子を愛する母達の感情に深い印象を与えたので、愛児をもつ婦人たちの浮動票の多くは漠然と社会党に投票したのであります。その結果、社会党で婦人の議員で日本全国に産児制限の演説をしてまわって顔を知られている加藤シズエ女子などに最高の得票が集まったのでも明らかであります。 つづく 谷口雅春著「私の日本憲法論」より |
過去の投稿月別表示
[ リスト | 詳細 ]
|
左翼に占領された言論界
昭和三十一年 しかもこの教育ニ法案のうち教科書法案は暴力を以ってその通過を阻止されたのであります。多くの日本人は教育ニ法案の内容を深く知らず、ただ新聞などが「この悪法には反対だと社会党(現民主党)がいっている」などという記事だけを大きくかかげているのを見て、「言葉の力」に誤魔化されて「教育ニ法案は悪法だ」とバク然と思ってしまったかも知れませんが、現在のラジオや新聞は公正ではなく「勝手なことをいい得るのは左翼の人ばかりで、学界も言論界も教育界も、彼らの網がくまなくめぐらされ、それに対決しようとする中正穏健な言説は一切遮断されている」のであります。
これは私だけの意見ではなく東京新聞編輯局の渡辺康人氏がいっているのです。同氏はまた次のようにもいっています。「国会における教育ニ法案の公聴会など、新聞は南原氏や矢内原氏などが堂堂と自民党議員の蒙をひらいた如く報道するが、この人達が議員から問い詰められて立往生したり、ある程度非を認めたいうような場面には一向ふれない。反対側の証言をほとんど全ページを割いて報道しているのに賛成側はほんの数行で片づけてしまっている。教育委員会法案の衆議院通過の報道など、自民党が多数で違法に押し切ったという面だけが強く報道されるが、委員長である社会党代議士が、隠れ回って正式の会議をわざと開かなかったという事実の報道は行わない。
日教組のニ法案反対声明は殆んど黙殺され、市町村長は一般国民に何が故に支持するかを知らせることができない。そこで新聞広告によって告知しようとしたところ新聞社は記事報道の面のみならず、本来の商業ジャーナリズムの建前をも破って末端まである勢力に媚態を呈するという傾向になって来ていることの一つの証佐でもある。今や新聞に限らず、雑誌、放送に至る日本のマス・コミュニケーションは、左翼的潮流に押し流されているというも過言ではない……」 これが新聞人である東京新聞編輯局渡辺康人氏の実情暴露であります。私が「今や日本は危機に立っている」といいますと、世界の情勢は段々平和的になって来ているのにいたずらに危機感をあおるのはいかんと投書して来た人もありますが、こうして左翼の思想言論マスコミは将に殆んど日本の全部を占領して中道実相の正しい発言は完全に封鎖せられている現状であります。正しい言論の自由はこうして議会外においても完全に失われんとしている際、議会内においては暴力行使によって「言論無用」が実行せられるに至っては、当に日本は左翼革命前夜の観があるではありませんか。皆さんはこれで日本の現状は可いと思いますか。日本を愛する真の日本人よ、これからは日和見主義では可けません。評論家鴨井清光氏の次の言葉をもって私達の反省としたいと思います。
「われわれの祖国が、こうまで乱れているのを見て、いいかえれば、祖国の危機を前にして利己主義、ご都合主義から、これ以上沈黙しておられるでしょうか。教育者なるがゆえに、発言できぬというのはなんという、祖国忘却、の態度だろう。ドイツのフィヒテが祖国のために教壇から叫んだ例を引くまでもあるまい。祖国愛をただちに、逆戻り、だというのですか。もし大真面目でいうものがあるのでしたら、そういう人びとは、自国否定の国際主義者と同じことになります。・・・もっと高い立場にたって、祖国への奉仕ということをハッキリいい切ることをなぜ躊躇するのですか。祖国を守るためにわれわれはもっと大胆でなければいけない段階にきたと信じます……」読者よ、私たち日本人はもっと勇敢に祖国を守るために何をなすべきかを考えて、直ちに実行しようではありませんか。
谷口雅春著「私の日本憲法論」
|

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動
|
祖国を侮辱する日本教科書は誰がつくるか
昭和三十一年
国民の関心となるのは、一億や二億のつかい込みの問題以上に国民教育の重大問題です。一億や二億はどうでもよいというのではなく、それ以上に大切な問題だというのです。何故なら前者は単に金銭の問題であり、教育そして教科書の問題は国民の人格養成の問題であり、その国に生まれた人間がその国を如何に見るかの問題であるからです。現在日本に行われている教科書が不当に日本国をいやしめていることは、周知の事実で、祖国をいやしめる文章をもって教科書にしている国は現在の日本国以外には世界じゅう何処の国にもないのであります。
有名な日大教授高山岩男(文博)氏も甞て、社会科の教科書を批判して次のようにいっています。「……百姓一揆の頭領や反戦論者は突然英雄扱いを受ける。歴史は科学だと標榜して書き出しながら全く主観的な評価を加えて歴史に筆誅を加え、勇敢に歴史を審判している。倫理修身がないだけ歴史の教科書は修身の本に転化し勧善懲悪の作品となっている……社会科教科書は必ず愛国を説いているが、それが全く竹に木をついだようなものが多い。というものは祖国日本を必要以上に暗黒化し、祖国愛も何も起きぬようにして置いてただお座なりに愛国の項目を書くからである。祖国を失った教科書が案外多いのは驚くべきことで、世界の文明国のどこにこの種の『教科書』というものがあるか、寡聞にして私は知らない…」
私も「週刊朝日」だか何かの週刊物を読んで現行の教科書に日ソ不可侵条約を破って日本を攻撃し、無辜の日本人を捕虜として苦しめているソ連を弁護して、日本の方が先に条約を破ったのでソ連は悪くないと書いてあるということを書いてあるいうことを知って驚いたものである。ソ連の如きは、侵略のためや自国の利益のために必要ならばエトロフでもクナシリでも最初からソ連領であると書いた教科書をもって自国の学生を教えているのである。彼らは自国の都合のよいように歴史を作るが、日本は自国の都合のわるいように歴史をつくるのは驚くべき事実であります。
こういう教科書がどうしてできるかというと、「現行の教科書は、その編著から検定、製作、採択、供給の一連を、ほとんど日教組講師団の手に握られ、国民思想の前途を決する社会科は、唯物論を支柱とする赤色運動の具に供せられていることは識者の悉く知るところである」(自由文教人連盟の文教刷新の意見書の巻頭言の「教育宣言」による)
こういう教科書は自国を侮辱し国民の前途をあやまるものであるから、鳩山(元総理の祖父)内閣は教育ニ法案を提出し、その一つとして教科書編纂に多少国家が監督する権利を有つ事にしようとしたのである。それを暴力をもって阻止して乱闘事件までも惹起したのが現在の社会党(民主党)なのである。そしてなお、恥じることなく、「乱闘は悪いことをみとめるが、悪法を多数の暴力をもって無理に通過せしめようとするから、肉体の暴力をもってそれを阻止するほかはなかった。だから悪法を提出して多勢の暴力で議決にもって行こうとした方に責任があるのだ」という。それを「悪法だ」というのは社会党の一部の乱闘議員の考え方であって、国民全体の考え方ではないのである。
上記の如き自国を侮辱し、自国の不利になるような教科書をつくることを「言論の自由」「学問の独立」の如き甘言をもってカムフラージュし、日本の若き国民をして日本よりもソ連を愛せしめるように誘導する教科書を許してよいはずはないのである。かかる常識を逸脱した売国奴的教科書をつくらせないように文部省が多少の監督権を行使することをみとめる法律をつくることが、どうして「悪法をつくる」ことになるのであろうか。これを「悪法」とみとめることそのことが社会党に愛国心がないからだと疑わざるを得ないのであります。 谷口雅春著「私の日本憲法論」 |
|
つづき 再軍備は却って労働者に職業を与える
昭和三十一年
無論「軍需工場」を「平和産業工場」に転換して同じ工員をその平和産業に転用すれば問題はないのでありますが、それは如何なる平和産業が重要されるかが問題であり、専門技術の上からも容易には転換できません。南洋の未開国ならいざ知らず、大抵の文化国家は平和産業の生産品は過剰生産であります。だから、どこの国でも如何に生産原価をやすくして輸出を増大し、他国との貿易競争に負けまいとして骨を折っているのが現状であります。
そこで国際的貿易競争に打ち勝つために、日本のように原料品を他国から買わなければならない国では原料費を安く出来ないから、生産費をやすくしなければならない。そのためには工賃をやすくするか新鋭の能率の高い機械を設備するかしなければならないけれども、従来の機械を廃棄し、新鋭の機械をつくるには、新規事業をはじめるのと同様に設備費が非常に高価につくので、その設備の輸入代金や、設備費の消却費を考えると輸入超過にもなるし、製品の生産費も高くつくのです。 そこで工員の収入を減ぜずにしかも国際貿易に負けない値段で製品をつくるには単位工賃を安くし、その代わり従業時間を長くして工員の収入を殖やす(既ち生産性を高める)よりほかにその産業を維持すると同時に、日本が経済的に生きて行く道がないのは明らかです。それなのに、総評のやりくちを見ていると、工員賃金の増加だけを要求するストライキを指令して、工員の生産性を高めることには反対しているのです。彼らの要求するように、生産性を高めないで賃金を増加すれば製品価格が増大して、日本の製品が国際競争にまけることになる。これでは「軍需産業を平和産業に転換せよ」という呼号は大衆の耳に入り易い美辞麗句に過ぎないのであって平和産業そのものが成り立たないことになるのであります。
こうすることによって彼らは何を目的としているのかというと、日本の平和産業が国際競争に負けて崩壊し日本の産業秩序が混乱するのを悦んでいるかのように見えるのであります。こんな事が計画的に進められていて、口先ばかりで「軍需産業を平和産業に転換すれば、貧民が助かる」などというのは、空理空論の宣伝に過ぎないのであって、国民はこんな空理空論にまどわされてはならないのであります。 つづく 谷口雅春著「私の日本憲法論」
|
|
再軍備は却って労働者に職業を与える
昭和三十一年
次に軍備につかう金を平和産業に振り向ければ、貧民がたすかるとか、日本が中共のように社会主義になれば失業者はなくなるとかいって、それにひっかけて、“再軍備は可かぬ”ーと云うような理論が社会党(現在の民主党)の人たちから説かれるようでありますが、これなどは、経済的のアタマのない一般大衆に受ける言葉でありますけれども、こんな馬鹿な矛盾した理論はないのであります。
軍備がなくなれば重工業に従事している工員はその大部分が失業して、その工員の貧乏さが一層貧乏になるのであります。これは終戦直後の日本人の失業状態の甚だしかったことでもわかるし、卑近な例を挙げれば横浜の××自動車株式会社が米軍の一部撤退のため軍用自動車の受註がなくなると、数千人の工員が解雇せられることになり、解雇反対のストライキをやっていた如きは何を語るでありましょうか。軍備反対の総評の統率下にある労働者でも軍備を縮小すれば失業が殖える事実に直面したのであって、軍備につかう金を平和産業につかえば失業者がなくなると云うようなことはただの宣伝にすぎないのです。むしろ日本が再軍備をすることは日本の労働者に職業を与えることになるのであって、却って労働者を富ましめること斯くの如きであります。平和産業への転換と云うようなことも安易に叫ばれますけれども、平和産業たる化繊業界では生産過剰で五十パーセントの操業短縮を決議したと云うことです。 ラジオできいていますと、ある主婦が「軍備につかう予算を貧民を救済するように使えば貧民がたすかる」と、複雑な経済関係を唯の簡単な加算と引算とで割り切ったようなことをいっていましたが、貧民救済に労働する「場」を与えないで、予算を救済金の形で与えたりしますと、国民の依頼心を増長せしめ、救済金を受けることを権利のように考えるようになり、国民の独立自治の徳性を失わしめることにもなります。
だから貧乏救済には労働の「場」を与えなければならない。そのために私は「解放への二つの道」の本の中で治山治水工事に全失業者を動員することによって毎年の颱風による農作物の被害を防ぎ、食料輸入を激減し日本を富ましめるように勧めて置いたのであります。併し土建労働に向かない人もあるので、これだけでは足りないのであります。「中共に失業者がない」というのは、軍備をしないからではなく、世界最大の軍備を整えるために「何カ年計画」というようなことを繰返しやっているからであって、決して「軍備に使う金」を平和産業に振向けているからではないのであります。ソ連に失業者がないというのも同様に軍拡にいそがしいからでありまして、日本が戦争中に学生までも徴用して、「失業したい自由」がなかったと同様に、軍備にいそがしければ、何処の国でも失業者はなくなるのであります。ソ連がこの程「陸軍を百五十万減じたからアメリカも軍縮せよ」と提案したのも、アメリカが一挙に軍備縮小をやれば失業者が道にあふれて混乱状態に陥るのをねらったのであります。
つづく
谷口雅春著「私の日本憲法論」
|



