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つづき 昭和三十一年頃の憲法改正への動き
第四に、言論の自由が、左傾側にのみ許されている現状(その事実は本紙七月一日号に指摘しました)であるので「憲法を改める」ということを、社会党(現民主党)だけではなく、すべてラジオも新聞も「憲法を改定する」とはいわないで「憲法を改悪する」という語で表現したために、それを聴く人も、読む人も、参議院で革新派が三分の一以上を占め得なければ「憲法は改悪される」という印象を受けたのである。従って深くものを考えないで、言葉で度々きかされる通りに暗示を受ける国民の大多数は、「自民党は『改悪強行派』だ。あんなものに投票すれば、悪に加担することになる」という、あやまった印象を受けることになったのであります。
今後憲法は改定されるにしてもそれが「改善」されるか「改悪」されるかということは、憲法調査会案が議会を通過して、それから憲法調査会ができて、如何に改めるのが適当であるかを調査し審議するのであるから、これを一方的に「憲法改悪」という語で表現し「悪なり」という印象を「言葉の暴力」で国民に押し付けるということは、これは事実を曲筆勧告し国民を惑わし一方的に選挙を有利に導こうとするものでありますから「憲法改悪」という語を使う者を選挙違反として取締まるか、何とか適当な取締方法をとるべきものであったに拘らず、政府も与党もこれに対して何らの策をも取ることができなかったのは「言葉の力」がどんなに有力なものであるかを知らないところの自民党の選挙対策委員たちの無知無策無能であったと評するほかはないのであります。誰でも「改悪が好きすか」ときかれて「改悪が好きです」と賛成する者はない。其処を社会党はねらったのであって、そして勝利を博したのであります。
第五に、自民党には党としての明確な国民的な組織がなかったのも敗退の原因です。これに対して革新派には組織があり、組織の絶対支配力というものが働いていて必ず投票してくれるという固定票が多かったのである。また労働者にとっては労働者にストライキをやらせて賃金をふやしてくれる恩人が社会党だという感じを与えています。そこに日教組の如き、組織的に連絡ある学校の先生がたが「改悪」を材料にして生徒を通して、革新派に味方するように前々から教育されていたのであります。 第六、それに対して自民党側は憲法改悪に対する正々堂々たる「改悪でない」という弁論が非常に少なかったのは残念でした。私のきいた選挙演説では鳩山首相(元民主党の鳩山首相の祖父)が大阪で「自衛軍を持つと却つて戦争を誘発するというが、先般暴行された婦人は自衛力がなかったから暴漢に暴行されたではないか」というような事を説いて喝采を博していた位でしたが、これも結局憲法改定は再軍備につながることを予想せしめるだけでした。社会党(今の社民党・民主党)のねらいは、憲法改定は直ちに改悪につながり、改悪は再軍備を意味し、再軍備は、貧民を富ます財源を軍備に浪費さすことであり、愛児を海外派兵によって殺すことであるという宣伝が巧妙に行われたのです。
しかし革新派にこう宣伝されても、それを覆すだけの堂々の論陣が保守派にはなかったのでした。そして何を選挙戦の唯一の武器としたかというと、参議院における社会党議員の暴力沙汰を攻撃することが主であるようでした。すると、それは、戦争にまさる暴力はないではないか、自民党は再軍備によって最大の暴力を肯定しようとしていると応酬されていました。私も随分、青年達に憲法改定や再軍備の可否について公開の席にて質問され「限りなく日本を愛す」の本や『解放への二つの道』の本において、それに対して丁寧に回答して来たものでありますが、それでも納得できない青年が多かったようです。
なかなか十分や十五分間の選挙演説でこれを納得するように説明することは困難なのは当然のことであります。しかし七月一日号に「」私は斯う考えます」と題して私の書いた文章(本書前章)は其の青年にも充分理会して貰えたようで、その後その青年からは大変よくわかったといって感謝の手紙を貰ったのであります。充分憲法改定の内包する意義がわかれば、今迄憲法改定に反対していた人でもきっと、憲法改正に賛成するようになるに相違ないのであります。まだ充分納得の行かない人は、もう一度よくかみしめて考えて頂きたいものであります。 谷口雅春著「私の日本憲法論」より |
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2013年04月01日
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