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安保改定に就いての私の考え
昭和三十四年
宗教は戦争反対
宗教と言うものは概ね戦争反対のものであります。聖徳太子の十七条の憲法冒頭に「和を以て貴しと為す」とありますし、殺生戒と言うものはモーゼの十戒にもあり不殺生は、仏教では十善の徳の第一に挙げられているのであります。 キリストは「剣をとるものは剣にて滅びる」と教えています。宗教家が日本の再軍備に賛成したり、日米の防衛協力体制であるところの「安保条約」に賛成したりいたしますと、一寸変な感じを受取る人もあるかと思いますので、一言此の席から申し上げて置きたいと存じます。 神奈川県に○○と言う人があります。今現に生きておられます。この○○さんは戦争中ラミー麻の栽培をしておられましたが、或る朝。気がついてみると、その麻の葉に幾万と言う数の毛虫がウジャウジャとしてたかっているのであります。○○さんは自分の身辺に起こる一切の出来事は自分の心の投影であると考えられまして、自分の心を調和した争いのないのにしなければならないと、瞑想をして「一切の生物処を得て争うものなく相食むものなき實相の世界が今此処にあり、麻の葉とも虫と人間とは互いに決して相冒すことなく、調和した状態であり、毛虫は人間に害を及ぼさない適当な世界に生活しているのだ」という實相の完全な世界を念じられたのであります。すると翌朝ラミー畑に○○さんが出てみられますと、その数万の毛虫が行方不明になって、処々合計十数匹が残っているに過ぎませんでした。それで更に前日のように實相と調和した状態を瞑想して念ぜられますと、その翌日には毛虫が全体何処へいったか行方不明になってしまいました。 このような心の力によって「敵」と見えるものも敵と見ずに、「完全なる調和ある世界」を念ずることによって、「敵」と見えるものが消えてしまうのが「宗教の世界」であります。
谷口雅春著「私の日本憲法論」
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2013年04月13日
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