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思想戦争と心理戦争
ー生命把握の認識より出発して「国」と「家」とを観るー
昭和三十一年 「軍隊は衝突する。しかし宣伝は遭遇することなく、心理戦はお互いに反対の方向にすれ違ってしまう。宣伝は、担当者同士の格闘ではなく、聴手という決して返答をしてくれない相手と闘わなければならない。その反面、聴取者はラジオ受信機を通じて反撃はできず、ビラを落とした飛行機にビラを投げ返すわけにはゆかない」(ライン・バーガー「心理戦争」渡部八郎氏より寄贈の『研究彙報』より孫引)
私は、戦争、という語を好まないが、日本が対外戦争の武器を持たなくなったけれども、なお私たちの住んでいる世界には到る所に戦争が行われているのである。それは言葉と思想の戦争である。しかもその戦争は、討論、という形式で行われる場合のほかはライン・バーカーのいうとおり、相手と遭遇戦を演じて優劣を決することはできないのである。ラジオや新聞で「自民党は憲法を改悪するのだ」ということが放送または報道されると、それが実際に憲法調査会をつくって調査してその上で「改善」するのであっても、聴取や読者の大部分はその放送や報道にあらわれた文字「改悪」を素直に受け取ってしまって、それが国民の大部分の抜き難い潜在意識面上の記録となり、今まで自分に味方 していた大多数も反対側の思想陣営に回ってしまうのである。
反対論をいいたくとも放送にのせてくれず、新聞に投書しても編集者の偏向によって黙殺される。そしてその声は一般大衆に聞かれないからジャーナリズムの選んだ偏向した思想が国民全体の思想であり世論であると誤認せられ、雷同的な民衆はそれについて往ってそれが本当の世論になってしまう。この事実は誠に悲しきことだが、事実だから私たちはそれに対して緊急に対抗策を考える必要があるのである。
つづく
谷口雅春著「私の日本憲法論」
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