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自民党の卑怯な言論的退避
(思想戦争と心理戦争)
昭和三十一年
自民党が若し憲法改定を自民党自身が政権を担当している間に行おうとするならば、(実際そのつもりで、憲法調査会法案などを強行したのであろうが)社会党(現民主党)が上のように、憲法改定のことを、誣(し)いて「改悪」だとしてその理由を新聞紙でかくも明確に挙げたならば、自民党はそれに対抗して堂々の論陣を張ってその誣告的(ふこくてき)な批判を返して、自民党の目論む憲法改定が、改悪ではなく、改善である所以を国民の納得するように、説明する記事を新聞で告示をするとか、憲法改正案白書を発表するとか、政権担当者であるのだから、その発表にも色々の便宜がある筈であったのにそれをしなかった無為無策さには驚くほかはなかったのである。
参議院議員改選当時、自民党の政策として当時の「朝日」に前記社会党の政策と列べて発表された概要は次の如きものであった。民主主義、平和主義、基本的人権の大原則を守り、占領下に制定された現行憲法を、国情に即するように慎重に調査検討して改正をはかる。
天皇主権、旧家族制度、徴兵制の復活は全く考えない。以上のような政策の発表では、社会党が真向から、憲法改定は「改悪」だ、「米国のための傭兵再軍備化を公然化する策略だ」といって打ち込んで来ている鋭い太刀を撥ね返すことは迚(とて)も出来ない。迚も出来ないどころではなく、全然撥ね返そうとしていない無策の魯鈍さであった。(「改悪ではない」) と一言も書いていないし、再軍備を公認する憲法をつくるのは改悪だといって攻撃されているのに再軍備には一言も触れていない)これでは唯、社会党の真正面からの攻撃に対して、抗する能わずとして退避して敢えて他を言ったに過ぎない。憲法改定の第一目標はどうしても「再軍備の公然化」であったことは鳩山首相(元民主党は鳩山首相の祖父)その他の議会答弁であきらかであるのに、参議院議員選挙になると、再軍備をすることは決して、「米国のための傭兵をつくるため」であるのではないという理由をハッキリと何故国民に納得するよう説明しなかったのか。 「現行憲法を国情に即するように慎重に調査検討して改正をはかる」という風に言葉を濁して「逃げ」を打ったに過ぎないのは卑怯である。それともあれは報道する側の「朝日」がわざと自民党の主張を弱体化して数行にまとめたのかも知れないが、こんな「敢えて他を言う」ような政策の発表では、社会党の攻撃である「自民党内閣は米国のための傭兵をつけろうとしている」という言葉の爆弾を防ぎようもなかったのだ。それは丁度戦争末期の日本が、米国からの本土爆撃に遭いながら邀撃(ようげき)すべき戦闘機は一機もなく高射砲弾もなく、恰も無人の境を爆撃するが如き容易さで爆撃されていたのと同じようだ。
自民党は社会党の言葉の爆弾の為には一言も抵抗する言論が無く、なす処なく逃げを張って、唯その対抗策は、単に社会党議員の参議院での暴行を取り上げて「社会党議員の暴行は民主主義的議会制度を破壊する」と側面から攻撃するだけのことであった。つまり自党の政策を説明することはしないで、他党の議員の失態だけを挙げたに過ぎなかったのである。ここに言葉の力の使い方が拙劣なために自党の政策を充分国民に理解せしめ得ないで参院選挙に完敗してしまった自民党を見るのである。 谷口雅春著「私の日本憲法論」
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