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天皇主権制は民主主義と両立し得る
熱心な青年からの投書のなかにも、「天皇主権制よりも民主主義の方がよいのは常識になっている今頃、明治憲法の復元などは時代錯誤だ」という投書も来ている。鳩山一郎氏(前鳩山総理の祖父)も数回にわたる私の建言にも拘らず、諸般の情勢を察してか、この方面には手を染めずに国内の根本を固めることなしにソ連と国交回復を願って、事の順序をあやまって屈辱的にハボマイ及びシコタンを今後の交渉の人質的にとられたまま国交回復の議定を行った。まことに遺憾なことであるが、国家が確固たる国民の自覚の上に立たず民主主義の美名のもとに一個人の幸福を願うための集合体が国家だと考えられている現状においては、国家よりも個人が大切なのであるから、国の正当の主張よりも抑留者を救う方に熱心にならなければ国民の信頼をかち得ないのだから鳩山氏もその方を選んだのであろう。 併し爰(ここ)に明らかにしておきたいのは、天皇主権の明治憲法の復元は決して民主主義に背反しないことである。日本における天皇と国民との関係を、他国における「征服者としての君主」「被征服者としての国民」との関係と同じように考えるのは間違いである。
日本の、天皇、と、国民、との関係は、征服者、と被征服者、との関係にあるのではなく「罪あらば我をとがめよ天津神、民はわが身の生みし子なれば」との明治天皇御製にあらわれているように、君民一体、親子一体の関係における天皇主権であり、それは君民一体なるがゆえに、天皇主権は同時に主権在民であり、天皇の名において政治が行われるのは、実際は国民が政治を行うのである。
もっとも天皇の名に於いて国民(嘗てはその一部である軍閥)が政治を行った場合には、大東亜戦争のような愚かな戦争をその政権担当者が行ったごときところの危険はあり得たし、それによって国民は惨害を蒙ったのである。しかし 天皇の真意が本当に発現したとき、戦争は即時に停止し、国民は安堵の胸をなでおろしたのである。若しあのとき、天皇主権でなくて、ただ軍閥のみによって戦争が行われていたならば、まだ日本本土は抗戦していてミンダナオ島の日本残留兵のような気の毒な国民が右往左往していたかも知れない。
主権在民と誇称する民主政治ならばとて必ずしも常に平和が守られる訳ではない。事実上、民主政治においても、その国民が選出して政治を行わしめている政権担当者が必ずしも国民の欲する如き政治を行うものではない。一旦国民に選ばれた後はワンマンの独裁になる実例は多分にある。それは、戦後国民に選ばれた片山内閣でも、芦田内閣でも、吉田内閣でも、鳩山内閣でも、いずれも失政相ついで国民にあきられて来た事実がこれを証明しているのである。失政相ついで国民の信望を失った内閣が崩壊して次の信望を得た国民が選ばれて政権担当者となることは明治憲法における立憲君主政体でも同様であって全然異なるところはないのである。
つづく
谷口雅春著「私の日本憲法論」
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