|
特集なぜ憲法をかえなければならないか!
天皇政治こそ民利にかなう(過去記事12月10日掲載)
日本天皇の天皇政治がもし完全に行われるならば、国民を“大御宝(おおみたから)”としての政治が行われるのである。すなわち神武天皇建国御即位の詔(みことのり)には、次の如く君民一致の国是(こくぜ)が示されているのである。
「…夫(そ)れ大人(ひじり)の制(のり)を立て、義(ことわり)必ず時に随う。苟(いやしく)も民に利有(くぼさあ)らば、何(いか)にぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)わん。且(ま)た当(まさ)に山林(やまばやし)を披(ひら)き払い宮室(おおみや)を経営(おさめつく)りて、恭(つつし)みて宝位(たかみくら)に臨み、以て元元(おおみたから)を鎮むべし。上(かみ)は即(すなわ)ち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまう徳(うつくしび)に答え、下は皇孫(すめみま)、正しきを養いたまう心(みこころ)を弘めん。然(しか)して後に六合(りくごう)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)んこと、亦可(またよ)からずや。」
国民のことを漢字にては“元元“の字をもって当てられていることに注意しなければならない。元はハジメであり、本であり、国家成立の本元をなすものは国民であるとの神武天皇建都即位の御理想は、天皇政治そのままに民主政治であることが表現されているのである。
上の詔勅を更によくよく拝読すれぱ、天皇はその国を私有のものと観(み)られないで、「上は即ち天津神の国に授けたまう徳に答え」(漢字を解読しやすい字におきかえた)と仰せられた。すなわち天の大神より国を授けられ、それを治めるように預けられたものであるという敬虔なお気持があらわれているのであって、武力で先住民族を征服して国土を奪取したというような考えが微塵もないことに注目しなければならないのである。
・・・中略・・・・
そこで思い出されるのは、仁徳天皇が当時の日本国民が貧しくなっているのをみそなわせられて、三年間租税を免除し、皇居が朽ちて所々がぼろぼろになって雨漏りしても、それを補修し給うことさえ遠慮せられて、三年目に高殿に登り給うて眼下に街(まち)を見渡されると、国民の経済状態は復興して、炊煙濠々(すいえんもうもう)とたち騰(のぼ)って殷富(いんふう)の有様を示しているので、皇后さまを顧みて、「朕は富めり」と仰せられた。そして、
高き屋にのぼりて見れば煙たつ 民の窯(かまど)賑ひにけり
というお歌をお詠みになったというのである。天皇は、自已が貧しくとも、国民が裕かであれば、「朕は富めり」であらせられる。これが天皇政治の中に生きている民主主義なのである。これを民主政治下の代議士が、汚職をもって自分を富ませながら、そして自己の貰う歳費の値上げを全員一致で議決しながら、国民のたべる米の価格や、国民の足である交通料金その他の公共料金の値上げに賛成するのと比較してみるならば、いわゆる現代の民主政治は一種の特権階級政治であり、天皇政治こそかえって民主政治であることがわかるのである。
神武天皇の世界連邦構想(過去記事12月11日掲載)
神武天皇建都即位の御詔勅に話を戻すが、その御詔勅の中に「下は即ち皇孫(すめみま)正しきを養いたまう心を弘めん」とあるのは、日本書紀巻第三(神武天皇の巻)の冒頭にちかき所に、瓊々杵尊(ににぎのみこと)が「正しきを養い、慶びを積み、暉(ひかり)を重ね…:」とあるのに相対するお言葉である。このお言葉はキリストの「先ず神の国と神の義(ただしき)を求めよ。その余のものは汝らに加えらるべし」という教訓と全く同じ精神なのである。
・・・・中略・・・・
従って「然して後に」来るところの「六合(りくごう)を兼ねて以て都を開き八紘(はっこう)を掩いて宇(いえ)と為(なさ)ん」ということは決して侵略精神ではないのである。内在の神の国の実相があらわれて、自然にそのように顕現するというのである。これはキリストのいわゆる「その余のものは汝らに加えらるべし」に当るのてある。
・・・・・中略・・・・・・
お公卿さんがかむる冠の緒を顎の下で一つに結び合わすように、世界各国各民族の魂を仲よく結び合わせて、それを一家庭の如くするというのである。こういう八紘為宇の本当の神武精神がわかっていたならば、戦争も起らなかったにちがいないのであるが、それを軍閥が曲解したために、あの戦争は起ったと言い得るのである。
十六菊御紋章の象徴するもの(過去記事12月12日掲載)
天皇政治こそかえって本当の民主政治であるということは、天皇家の御紋章であるところの十六菊にもあらわれているのである。
十六とは、天地の八方を意味して十六方向―あらゆる方角の「民」または「国民」をあらわす。そして「菊」は「聴く」の象徴であって、あらゆる処に住む国民の声を「聴く政治」が天皇政治なのである。けっして専制政治ではないのである。
天皇が国を治め給うのを「シロシメ.ス」一というのも「知り給う」ということを意味する。十六方向の国民の声を聴き給うて、それを知り給い、その民意に適うように政治をなさるのが、天皇政治なのである。
党をつくって反対党の反対意見を力をもって押し切って、自党の利益ばかりを目標に政治を行う多数決式民主政治とはおおよそかけはなれた公平無私なる民利政治が天皇政治なのである。
天皇政治であってこそ本当の民主政治が行われるのだということを知らねばならない。「天皇国日本」は日本民族が創作した世界最大の文化的創作であって、これより大なる大芸術は他のどこにもないことを知って、この国体を尊重してもらいたいものである。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2013年05月24日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




