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SASURAIらいふ
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イメージ 1
松枯れを見るとこの場所も被災地ではあるが、のどかな雰囲気がある。
ドアにぶら下げている黒いシートはソーラー充電器。
 
 
昨夕は淋代海岸まで戻り、スタックした場所の手前で車中泊した。
 
総菜パンの朝食をとり、松林の中に毎朝の日課物を埋設し、波打ち際まで出て行く。
 
悪天候だった昨日と違い、海は陽光を輝かせて淡いブルーグリーンを見せている。
 
浜には車の轍が何本か伸びていた。今朝方、軽トラが横を走っていったが、
 
箱型バンとトラック型とでは、同じ軽自動車とはいえ、全くオフロード性能が違うようだ。
 
 
遠くの堤防から散歩のじいさんが歩いてきて、浜に止めてあった自転車を押して近づいてきた。
 
挨拶して、しばらく話をする。
 
松林がところどころ枯れているのは、津波の影響だという。
 
二、三艘のボートが林の中にある理由は、津波なのか投棄なのか分からないらしい。
 
ところであんたいくつ、と聞かれたので、44だと答える。
 
「うへえ。若いねえ! 二十代に見えるよ! わしも若く見られるけど、あんたも相当若い」
 
じいさんは年の割には背筋もきちんと伸びていて、確かに一般的な80歳前後の人に比べたら
 
かなり若く見えるが、いかんせん我が井上家の家系は皆ものすごく若く見えるので、
 
滅多なことでは他人を「若いですね」と言うことができない。
 
そこでお世辞を言う代わりに小説をもらってもらおうと思ったのだが、
 
「目が悪くて字が読めんから」と断られてしまった。
 
じゃあ僕が二十代に「見える」というのも怪しいではないかと思いながら別れる。
 
 
イメージ 2
轍を残していった車はどこに走っていくのだろう? 自転車が絵になっている。
 
 
車に戻って国道を南下し、昨日は雨のために通過した神社に立ち寄ってみる。
 
金乃比羅神社と額束を掲げた鳥居をくぐって石段を上ると、ほんの小さな丘の上には社があり、
 
その手前に小さな灯台のような形のモニュメントが立っていた。
 
「震嘯災記念 地震海鳴りほら津浪」 とプレートに刻まれている。
 
昭和八年三月三日の大津波の記念碑だった。
 
それにしてもまあなんと端的な標語だろう。
 
このあたりは昔から津波被害を繰り返し受けてきた場所だけに、誰でも簡単に覚えられて
 
記憶に残る言葉が警鐘として有効に違いないが、78年後の西暦2011年において、
 
いったいどれくらいの人がこの言葉を真剣に受け止めていたか分からない。
 
轟音が空に響いて見上げると、自衛隊のジェット戦闘機が大きく旋回していた。
 
 
イメージ 3
朝日新聞社が募った義捐金によって建てられたモニュメントのようだ。
 
 
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ほんのわずかな丘となったこの場所は、津波被害を免れたのだろうか?
ここから右手は広々とした草地へと続いている。
 
 
オレンジマートという小さな食堂を兼ねたコンビニでおにぎりの昼食。
 
田舎らしい素朴な店で、店内で食べられるようになっている。
 
店独自の弁当の品揃えが豊富でお値打ちなので、何人ものお客が来ては弁当を買っていく。
 
ここは津波の被害はどうでしたかと尋ねたが、その当時はここにいなかったので
 
詳しいことは分かりませんとの返事。今日の夕食と明日の朝食の分も買って店を出る。
 
車の旅だと自炊が面倒で、この数日はスーパーの総菜やらパンばかり食べている。
 
 
おいらせ町の百石漁港に立ち寄る。
 
かの奥入瀬川が海に注ぎ込む場所であるが、日本の川らしく、実に悲惨な川の終焉だ。
 
コンクリート護岸を流れていく水は濁り、単なる巨大な排水施設でしかない。
 
それでも河口は砂浜になっているだけ、少しはマシかもしれない。
 
堤防の内側は、一部土砂を小山にした土地が見られるが、家々はちゃんと立っており、
 
大きな被害を受けたようには見えない。
 
だが何かおかしい。やけに静かで人の姿がなく、カラスがやたらたくさん飛んでいる。
 
道路を歩くと、錆びたバイクが置いてあったり、曲がって折れた鉄柱があったりして、
 
確かに津波がこの集落を襲った形跡が見つけられた。
 
それでも家々の壁は綺麗で、壊れた家屋は一軒も見つからない。
 
 
イメージ 7
百石漁港近くの小さな町。堤防の右手が奥入瀬川河口。
 
 
イメージ 5
人の姿はなく、カラスの群れが飛び交うのみ。
 
 
話を聞きたくても人影がないので、車を止めた漁港に戻る。
 
漁船の船底にペンキを塗っている人がいて、一人はなかなかの美人だったので声をかけた。
 
津波で船底が壊れた漁船の修理かと思ったが、定期的なメンテナンスらしい。
 
「このあたりは、津波の被害はどうだったんでしょう?」
 
女性は僕に目を合わすことなく、ペンキを塗りながらぼそりと答える。
 
「何軒かは流された家があったみたいですよ…」
 
「そうなんですか。今歩いてきたら、すごく静かな雰囲気だったんですけど」
 
「引っ越していった人もいますからね…」
 
女性は暗い顔をどんどん背けていき、僕から離れて船尾の方のペンキを塗り始めた。
 
震災の話はしたくないということだろう。
 
隣の漁船のペンキ塗りをしている高齢の男性も、渋い表情で黙々と手を動かしている。
 
「ありがとうございました」
 
すみませんでした、とどちらの言葉が良いかと迷ったが、礼を言ってその場を離れた。
 
町の様子が気になるあまり、質問が性急だったことを反省する。
 
それともゆっくりと手順を踏んでいっても、同じだったかもしれない。
 
彼女が他人に震災のことを話したくないのは、最初の挨拶ですでに察しがつくほど
 
その表情に出ていたはずだった。
 
《自分に被災地を旅して被災者と会っていく資格があるのだろうか》
 
 
イメージ 6
おいらせ町には樹齢1100年以上と言われる日本一の大イチョウがある。
日本の巨樹としては全国で十二番目。北海道東北では一番。
 
 
 20121116
 
 
  
 
 
 
 
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    おつかれさまです!
    昨日のコメントで500文字を越えてしまったので載せませんでしたが、井上さんの著書の中で奥入瀬渓流が出てきますよね〜。私は実家から1時間30分位の距離なので数えきれない回数行ってます!
    今まで奥入瀬渓流は青森県が全国に誇れる自然の一つだと誇りに思っていましたが!井上さんの小説を読んで視点が変わりました。
    観光目的で奥入瀬渓流に沿う道路が整備されていて車が遠慮なく排気ガスを撒き散らし観光客が今、自分は大自然の中にいるんだと言わんばかりに大きく深呼吸している姿を見ると矛盾を感じます!
    やはり大自然とは、見る者に想像を超える威圧感や躍動感与え何時も堂々としているものだと思います。
    そんな大自然が簡単に車で行ける日本は自然とのつき合い方が人間本意で過去の歴史の中で培った津波の教訓も軽視されて多くの人命が3・11で失われました!
    もっと人類が自然に対して謙虚な姿勢だったら多くの人命も救われたのではないでしょうか?

    [ mar*y*ma_mi**masa ]

    2013/3/9(土) 午後 5:25

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    うん。

    akira

    2013/3/9(土) 午後 10:37

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    悲惨な奥入瀬川河口の写真が見たかった。
    芸能レポーターのようにずけずけ効くのも問題があるが、思い出したくないからといって、かたくなに口を閉ざすのもどうかと思うがな。

    ケムリ

    2013/3/10(日) 午後 0:09

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    丸山さん、返事遅くなりました。
    そうなんです。奥入瀬渓流は人間が美しい自然を開発によって台無しにしているにもかかわらず、そのことを認識されずに美しいと言われ続けているおかしな存在の代表なのです。
    昔、黒部第四ダムのポスターに、「大自然の驚異」とキャッチコピーをつけたポスターを見たことがあります。そういう認識なのです日本人なんて。人工物を見ても、周りに緑色をした植物さえ生えていれば、大自然だと言って喜んでいるのです。
    それはつまり、本物の自然に生涯一度も関わらずに生活し、死んでいく人間が大多数だからでしょう。自然なんて日常の生活をしていれば、全く無関係な遠い存在なのです。
    だから逆に公園みたいに整備されていない自然の場所に行くと、危険だとか、何もないとか言って、文句を誰かにぶちまけると言うことになるのです。

    ふーすけの旦那

    2013/3/17(日) 午後 5:28

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    丸山さん
    ヨーロッパに比べたら、日本人の自然に対する認識力など小学生レベルにもなりません。かつてヨーロッパ人は自然を敵対関係に考えて利用・駆逐し尽くし、ヨーロッパ全土から森が消滅する寸前まで自然破壊をしました。その反省から、現在の自然保護思想が生まれたと言っていいでしょう。
    逆に日本は明治が始まるまで、自然ととてもうまくつきあっている民族でした。ところが中途半端な西洋思想を取り入れたことにより、自然を一方的に利用するようになり、循環思想や感謝や畏れをなくしていった。
    今回の震災はそのことを反省するよい機会だったはずなのに、相変わらず何も変わっていかない。もう一度大震災と、原発事故が起こる必要があるかもしれません。それくらい日本人の自然に対するおごり、無関心はどうしようもないレベルにあります。

    ふーすけの旦那

    2013/3/17(日) 午後 5:35

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    AKIRA、ありがとう〜。

    ふーすけの旦那

    2013/3/17(日) 午後 5:36

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    3/9の内緒>これくらいの使い道なら良いと思うで。もっとろくでもないことに使われてるんだから。

    ふーすけの旦那

    2013/3/17(日) 午後 5:37

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    3/10の内緒>この前ひさびさに会ったら、友近みたいになっとったわ!

    ふーすけの旦那

    2013/3/17(日) 午後 5:38

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    ケムリ>単なるコンクリート護岸の濁った水路さ。日本中どこにでもある光景だ。
    被災者は何度も同じことを他人に尋ねられて、いやになっている人もいるようだ。

    ふーすけの旦那

    2013/3/17(日) 午後 5:40

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    松林の中に毎朝の日課物を埋設し・・・ってとこまで読んだ時、停電になった〜〜(笑)
    すっごい雷雨だったから〜! どかーんって言ってた(←パソコン落とせよ〜〜・笑)

    カツオさん20も若く見えるの!? あたし、年上!?(笑)

    被災者に会う資格・・・??
    いやいやいや・・・被災者っていう特別の目で見ることはどうなんだろう???

    みぃ

    2013/9/8(日) 午前 2:06

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    みぃ姫、どかーんと音が鳴るくらいのやつをしてみたいねえ。(๑◉艸◉๑)キャフ。

    ところでみぃ姫って年齢謎だけど、いくつなんだろう??

    被災者にも程度があるし、同じ体験をしている人でも違いがあるし、難しいよ。
    ただ世界にはもっとずっと悲惨な体験をしている人が、何千万人、ひょっとしたら何億人もいるってこと。その不幸を生み出している最大の要素は、宗教と民族意識だね。

    ふーすけの旦那

    2013/9/8(日) 午後 4:07

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    故人がS60年生まれ・・・

    あたしはそれより年上だいっ><

    みぃ

    2013/9/10(火) 午前 0:39

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    年上って言っても、ものすごく幅があるよね?
    九十代という可能性はないにしても…(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

    ふーすけの旦那

    2013/9/10(火) 午前 10:00

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