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父が 猟をやるので、冬はキジ、ヤマドリ、カモなどを 捕ってきた。
小学生も高学年になると、鳥の下ろし方を覚えて、おろすようになった。
毛を毟って、おろしたものが、心臓、肝臓、砂のうなどを 食べる権利が あった。兄弟みんな、おろ
せるので、食べたいので、自分がと 希望した。
これは、近所でも 我が家だけの 特殊な ことだった。
野ウサギを 捕って来たときは、これは父が 処理した。
小学生高学年は 店番も するようになるが、そうお客様が 多いわけでは ない。お客様が 来てから
応対に出るが、兄弟で 応対を 譲りあった。要するに 出たくない。
配達もあった。自転車で配達した。範囲は半径1キロちょっとかな。
中学生になると、掛取りもするようになった。
あるとき、支払いの悪い お客様のところに 集金に行くことに なった。兄は「いくらでも 良いか
ら、必ずもらって来い」と言った。
そう言った兄も まだ高校生だった。
私はその家に行って、支払いをお願いした。
確かにはっきり言って、貧しいのは分かっている。
そこの奥さんは「もう少し待ってください」とのことだった。
それは、いつものことだった。私も、兄から 言われてきたので、「いくらかでも 頂戴できるまで、帰れません」と言って、私は 座り込んだ。
しばらくして、奥さんは しぶしぶ 100円 差し出した。100円と笑うなかれ。
いとこの保母は、臨時で 給料が安かった とは言え、月給3,000円だった。
しかし、今 その自分の姿を 想像すると、吹き出して しまう。
ここまでは、家の手伝いなので、当然のこと無報酬。
明日は、子どもの 収入源に ついての話。
写真のキジは 父が 捕ってきたものを 剥製にすた。
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ボーイスカウトの教程で、中学生の時に鶏をつぶすというのありました。子どもがつぶしきれないにわとりをかかえてきたので、「半殺しにするとたたるぞ」と脅したら、「お葬式してください」だって、あほかと思いましたが、お葬式のようなものをして埋めました。
2008/10/19(日) 午前 1:55