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特養の勤務シリーズ158 文集から(3)
健康は食生活から
文集は 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、 聞いてもらいたい、 そんな話を入居者から聞き取ってまとめたものです。
私は大正7年に生まれました。
昭和7年小学校高等科を卒業し、すぐに運送会社の仕事に就きました。 そして、運転助手をしました。夜は運転免許取得の勉強をして、2回目で合格しました。 それから、建設会社に就職しました。 戦争には3回召集になりましたが、内地勤務で3回目の時には運転が出来るので、青森県の弘前で、部隊長の運転手をしました。
戦後、近くで馬を買い、また馬車も買い荷馬車業を始めました。
まだ、トラックがほとんどない時代でしたので、食料、生活物資の運搬は荷馬車が主流でした。 荷馬車業は地方の運搬業の主力でした。 父は朝鮮牛と2輪の牛車で小運搬を行い、薪、木炭などの運搬に励み、親子で忙しく働きました。 町内の小学校へはストーブ用の薪などを納めました。 年を追うごとに忙しくなり、夜、寝る間も惜しいほどでした。 しかし、働けば働くほど体が資本であることが身にしみて、元気で働くためには健康が1番で、食生活が大切と考えました。
そして、食料のなかでも動物性たんぱく質を摂取することが1番と考え、養豚業を始めました。 子豚の多産の種豚の購入や子豚の貸付など、また近隣町村へ成豚の購入にも出かけました。 しかし、資本と苦労の割には利益が上がりませんでした。
それで、豚肉専門店を始めました。 その後、店は長男に、次男には豚舎建ててやり、養豚をさせました。
(この方は話が出来ないので、長男の方が書いてくれたものです。)
あおぞら 注 : 戦後数年間、小運送は馬車が活躍しました。 トラックは少なかったです。
: 子どものころ赤毛の牛を「朝鮮牛」と呼んでいました。 今日も、お付き合いいただき、ありがとうございます。
明日から3日間お休みします。
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特別養護老人ホーム
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ホントに食生活は大事ですよね・・・(゜_゜)(。_。) うん♪うん♪
戦後、栄養失調の人が多くて・・・玉子や肉など食べる事を推奨して栄養失調を減らしたという話を聞いた事があります。
現代でも年寄りなどに、栄養失調の現象が見られるとか・・・
原因は、食生活で・・・魚や野菜などバランスよく食べているので見たところ異常が無いけど・・・肉を食べていなかったのが原因だったそうです!?
これを聞いて食生活って大事なんだと思い・・・
あおぞらさんの記事を読んで・・・なるほどと思いました。
2010/7/25(日) 午後 11:38 [ ヒロ爺 ]
ヒロさん
この人は職長事情を見極めて対処したんですね。
偉いものです。
このお店はまだ続いています。
2010/7/28(水) 午後 10:22