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特養の勤務シリーズ161 文集から(6) 農家に嫁いで
じいばあ園では 入居者の生活の聞き取り集を作ってました。 寮母が聞き取りをし、10集以上作りました。 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、聞いてもらいたい、そんな話を聞き取ってまとめたものです。 家族がこんなことは聞いたことがなかった、なんてこともありました 私は結婚して初めて農業やったけど、辛いとは思わなかったよ。 面白くって、面白くって。 私は大正12年に、米屋の7人兄弟の4番目として生まれました。
女学校にも行かせてもらいました。 女学校を卒業してからは緯度観測所に行って働きました。 そこを辞めてからは銀行に勤めたの。 銀行は結婚したので、辞めてしまったよ。 お見合いのとき、農家だってことは分かっていた。 でも、嫌だとは思わなかったよ。 姉達は皆、商いをするところに嫁いでいった。 実家でも田んぼは少しあったけど、他の人に頼んで作ってもらっていたので、農業はやったことがなかった。 結婚してからは起きるのも、3時かな、4時頃かな、起きて草刈に行って、6時頃に一足先に帰ってご飯作りをした。 子どもたちが学校に行くようになってからは、ご飯を作ってから起こして食べさて、学校にだしてやった。
田んぼは1町(1ヘクタール)以上あったよ。
平たいとこだけだと良いんだけど、膝上まで泥に入ってしまうような深い田んぼもあって、蛭に吸い付かれたりしたこともあった。 うん、素足でも嫌になったことはなかったよ。 今のような長靴はいつから履くようになったのかなあ。 みんな初めてやることだったので、楽しくって、楽しくって。
お米が少しでも余計に取れると嬉しかったなあ。 ああ、また やりたいなあ。
こういうところは良いんだけど。
こういう条件の悪いところは減反が優先的に実施されるんでしょう。
日照条件も悪く、冷たい湧き水がいつも流れているので、稲の生育は
悪いでしょう。
田植え機は使えるのかなあ。狭いし、深いし、で ダメなんでしょう。
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この方は じいばあ園が開園して間もない昭和60(1985)年5月に入所しました。
そのとき 61歳の若さで、そして車椅子した。
あれから もう 25年 も じいばあ園で 生活しています。 現在86歳、間もなく87歳になります。
8月が誕生日で、今もお元気です。 ご主人、息子、娘、嫁、孫、兄弟、面会の多いかたです。
あおぞらも担当をしたことがあります。
今でもときどき面会に行きますが、笑顔で迎えてくれます。
今日もお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
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特別養護老人ホーム
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何だか微笑ましくて温かいお話しですね。(∩.∩)にんまり
本当に農家を楽しまれていた様子が目に浮かびました。
じいばあ園は居心地がいいんでしょうね。
これからも長生きして欲しいです。
2010/8/15(日) 午前 9:47 [ ゆき ]
61歳でですか?うちの親より若い。ご本人の希望なんでしょうか。
土に触れて生きることの楽しさが分かっているかたなんでしょうね。
宇宙飛行士から農家になった人もいるようですし、地球と対話しながらの仕事って素晴らしいと思います。
2010/8/15(日) 午前 10:46
まりちゃん
非農家の娘さんが農家に嫁ぐのは当時も珍しかったと思います。
圧倒的に農家が多い時代でしたから。
農家の娘さんなら即戦力になります。
農業を楽しんだんですね。
2010/8/15(日) 午後 1:23
たまこさん
このかたは入所時、若かったです。
右半身が不随です。で、言葉もちょっと不便でした。
家庭で介護が出来ないので、施設入所になりました。
当時は介護保険ではなく、措置でした。
緯度観測所→銀行→農家、農業を楽しむ。素晴らしいですね。
2010/8/15(日) 午後 1:30
女学校を出て立派な企業に勤めて・・・
結婚したら農家の仕事・・・普通に考えると大変としか思わないよね!?
でも、全然嫌じゃなくて楽しくてしょうがない・・・(〃 ̄▽ ̄〃)
えらいねぇ・・・(゜_゜)(。_。) うん♪うん♪
苦労を苦労と思わない精神は立派そのものです♪
今も元気なんだ・・・もっともっと長生きしてもらいたいです♪
そして楽しい入所生活で幸せだと感じてもらいたいです・・・(゜_゜)(。_。) うん♪うん♪
2010/8/16(月) 午前 8:38 [ ヒロ爺 ]