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岩手日報に掲載された天気予報です。
明治44年11月1日
水沢と宮古だけです
水沢は緯度観測所があり、宮古は測候所がある。
緯度観測所の初代所長の木村栄(ひさし)はZ項を
発見して世界の天文学界に勇名を馳せた。
福沢諭吉、新渡戸稲造らとともに文化人切手になっている。
大正元年9月12日
精度はどの程度だったんでしょうね。
気温、気圧、風力、現在の気象をどこから
どの程度収集できたのでしょうか。
米の値が2割ほど上がってますね。
値段は1石(こく)当たりと思います。
1石=10斗=100升=180リットル
昭和10年11月9日 夕刊
平天大新 宮古測候所発表
壌津連京
左の所からは情報が入ってるんでしょう。
同同同快
晴
昭和13年5月2日
天気予報の上の欄は帝大(現東京大学)と早稲田大学の
野球の試合結果の記事です。
17−5で早稲田の勝利
明日(あした)のお天気 お尻に問えば
わたしゃ 空 見たことがない
(寄席で聞いた川柳です)
現在の人はそうとも言えないかも
今日もご覧いただき、ありがとうございます。
明日は大荒れの予報です。
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岩手は気象・天文学の先駆け的存在だったのですね!

やはり、大陸からの天気が参考になったのですね。
子どもの頃は靴を飛ばして天気占いしましたけど..,
あー...昔から東大は野球弱いんですねぇ〜〜
えっ!!
奥様のご機嫌が大荒れ?
2013/5/14(火) 午後 2:25
2013/5/14(火) 午後 2:26
天気予報・・・
当時は 人工衛星なんてのはないから、
予報するのは 職人技ですね。
きっと。
あたしでした。
ナイス
2013/5/14(火) 午後 3:29
今回も勉強になる内容で感謝のナイス。
長期予報をおちりに聞けばわしゃ知らんヘェッヘッヘェッの生返事。失礼しました。
天気予報よりコメ相場に目が行っちゃった(笑)一石で19円40銭か〜、今の相場と比べると・・・・・分からない
2013/5/14(火) 午後 3:37
飛べ飛べさん
先駆けかどうかわかりません。他の新聞見てませんから。
県内の情報だけでは予報は難しいでしょうね。
あ、やっぱり。私は下駄でした。
明日の大荒れ、A子さんじゃないですよ。
題名だけ聞いたら猪瀬都知事はぶっ飛びますよ。
は〜い、きらきら☆、ありがとうございます。
2013/5/14(火) 午後 6:41
こんにちは
明治時代に、もう天気予報があったとは
意外と文化的ですね、
昔も識字率は高かったそうですが
新聞の購読者はどれ程でしょうね。
2013/5/14(火) 午後 6:41
あたしさん
どれくらいの信頼度があったんでしょう。
明治・大将は天気予報があったという事自体が驚きですよね。
Y!ナイス! ありがとうございます。
2013/5/14(火) 午後 6:43
酔渓さん
ありがとうございます。
色んなことに興味がある人がいると思いまして、トリミング時に脇に少し残しました。
今後もそうしますね。
明日は驚かせますよ。
Y!ナイス! ありがとうございます。
2013/5/14(火) 午後 6:52
ほのさん
ホント、予報の精度はともあれ、予報をしてたこと自体が驚きですよね。
予報する側はどんな気持ちだったんでしょう。
外れ続きでなければいいですがね。
江戸時代もヨーロッパ諸国に比し日本は識字率が高かったそうです。
寺子屋があったことも大きい要因のようです。
で、新聞の購読者ですが、それに関連する記事を近日掲載しますね。
2013/5/14(火) 午後 6:59
此のころの天気予報は、今と違い、ハッキリとは、言えなかったのでしょうね。
御百姓さん達は、参考にされたのでしょうか?。
(予報より自分たちの経験の方が、正しい)( ^)o(^ )。
子供のころは、靴を飛ばしていましたね。
あーした、天気にな〜れ。
今、読み返してみると楽しいでしょうね。
有難うございました。
2013/5/14(火) 午後 7:41 [ 転んだトド ]
転んだトドさん
観測機器も観測地点の数も少ないので、制度は福井でしょうね。
自分の経験?、そうかもしれませんね。
靴でした?
私は下駄ですよ。
やっぱりあれは下駄でなくっちゃ。
また明日もおいでくださいね。
2013/5/14(火) 午後 8:16