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戦前の男の募集広告
新聞の広告
大正3年3月17日
大正3年3月26日
大正3年5月21日
大正6年4月5日
小僧 入用
昭和13年12月25日
小僧から小店員に変わったようです。 昭和14年2月5日
昭和14年4月28日
夜間通学も自由と
昭和15年6月16日
昭和16年12月1日 (12月8日の開戦直前)
歯科技工士の正式な資格制度はずっと後の1955(昭和30)年から
募集ではなくまだ入用という用語も
昭和16年12月1日 上の左側に並んでいる
巡査募集 科目 算術、作文、読み方
願書は止むを得ない時は 「受験当日提出スルモ差支ナシ」
昭和19年10月14日 満州鉄道社員 南方進出者 南方各地
各地区に「国民勤労動員署」と言うものがあったんですね。
この広告で初めて知りました。
昭和19年10月14日 上の左側
朝鮮総督府交通局
昨日は女性の募集広告でした。 続いて今日は男性のを紹介し
ました。
女性と違い男性は色んな職種の募集があります。
昨日は女中とか今日は小僧とか入用など現在では使われない
言葉が多いです。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
明日日曜日は犬切手の日ですが、
都合により休載です。
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新聞
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驚きです
父は若い頃、朝鮮鉄道に勤めていたそうで、機関車から顔を出している写真を見た記憶があります。
国民勤労動員で行ったのかも知れませんね
2013/6/15(土) 午後 0:41
ほのさん
1番のコメントありがとうございます。
そうでしたか。お父様が朝鮮鉄道に。
無事帰ってこられて良かったですね。
2013/6/15(土) 午後 0:55
あれぇ〜!私の歳では御飯炊きもできませんよ〜


小店員・小社員なんて呼び方もしてますね。
地方在住のまま支部長採用..なんて、なんだか胡散臭いですね
出版社かしら?
今日も、興味深い記事をありがとうございます
あしたはお出かけですね〜
2013/6/15(土) 午後 10:52
女中、小僧、南方進出者、満鐵社員、時代感が満載ですね。
一番上は面接時間が随分早いですね〜。
ナイスぽち。
2013/6/16(日) 午前 10:22
大政奉還があって50年くらいでずいぶん世の中変わったんですね。
そして昭和になるとさらに加速、時代の移り変わりは結構速いですね。
もっとも昭和30年ころは電話もよその家で呼び出してもらったりしていましたが今では一人で幾つも持っているしね
・・・
なんだか疲れちゃいそう。
2013/6/16(日) 午後 10:01
小僧募集 14歳より17歳位まで・・・
満年齢でなく、かぞえ年齢なら、子どもだよね。
子どもも労働力・・・
児童福祉法がなかった時代だしね。
あたしでした。
ナイス
2013/6/17(月) 午前 9:57
昔は労働法なんてなかったから
子供も働いたんですね
時代は変わりました。
今の子供たち、お手伝いなんてしない子、多いのでしょう、きっと。
2013/6/17(月) 午後 3:11 [ たら ]
飛べ飛べさん
人生50年なんて言われてた頃ですから。
今とは違いますね。
「出版社かしら」と思われます。
なるからには保証金をいくらとかかも。
4夫婦で日光他へ行ってきました。
いつも応援ありがとうございます。
2013/6/18(火) 午前 10:17
モルさん
今じゃ使わない言葉がたくさん出てきますね。
応援、ありがとうございます。
2013/6/18(火) 午前 10:22
ぽちゃさん
あ、電話ねえ。
60年前、実家は商店店ったので、電話がありました。
近所の○○さんをお願いしますという電話があり、そのお宅に行って
連れてきました。それもご近所へのサービスの1つでした。
今では考えられません。
2013/6/18(火) 午前 10:28
あたしさん
東京に行くのですから、14歳以上なんです。
地元ですと、学校にも行かせられずに、子守に出されることもあったそうです。(その家に住み込みです)
私の時代でも小学校のとき、農繁休業がありました。
小学生も働き手なので、農繁期は1週間ほど小学校は休みでした。
ま、私は農家ではなかったので、遊んでました。
2013/6/18(火) 午前 10:41