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岩手県出身の人(5)後藤新平
現奥州市水沢区生まれ
福島県須賀川医学校卒業。ドイツに私費留学。24歳で愛知病院院長。
帰国後衛生局長を経て、明治31(1898)年、台湾総督府民政長官。
新渡戸稲造と共に製糖業振興に尽力。
大正9(1920)年、東京市長に当選
水沢町に読売新聞正力社長から寄付された故後藤伯記念館は巨費を投じ東京清水組の手に依って鋭意工事を急いでゐたが近く竣工を遂げ十一月三日の明治節を卜して盛大な落成式を挙げることとなった。
当日は読売新聞正力社長が参列、式後公民館の贈呈式並に祝賀会等も催される。 ・ ・ ・ ・
日本初の公民館 正力松太郎氏から寄贈された公民館
正力氏が新聞事業を始める時に後藤が資金援助をしたことの報恩とのこと。
この裏に後藤新平記念館がある。
中にこんなことが
中学校のとき、いつも学校新聞に書いてありました。
後藤新平の言葉ということは聞いていました。 記念館内部
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岩手県の人
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新平さんの言葉、よいですね!

人様の世話にならず、むくいを求めず人様を思い遣る人になりたいものです
昭和通り、そんな由縁があったのですか。
108メートルあったら、渡りきれないご老人がいたかも知れませんね!
あおぞらさんは大丈夫でしょうけど
2014/11/28(金) 午後 0:22
こんにちは
お医者さんだったとは知りませんでした。
今時に欲しい政治家ですね。
私も「自治三訣」を実践できる人でありたいです。
2014/11/28(金) 午後 3:34
飛べ飛べさん
ありがとうございます。
中学生の時なので、少しは体に染みているかもね。
昭和通り、11月初めに確認してきました。
108メートル、安全地帯を設けて2回に渡らなきゃ。
1分では渡れないです。
いつもキラキラ
2014/11/28(金) 午後 10:06
ほのさん
医師として政治家を診たとき、見込まれたとか。
ボーイスカウトやNHKなどの総裁もやったようです。
「自治三訣」、実践心掛けましょう。
2014/11/28(金) 午後 10:11
岐阜で 板垣退助が襲われ、彼を治療したのが 後藤新平。
その際に、「大丈夫。しんぺーせんでええよ。」と言ったとか、言わなかったとか。
大人物ですね。
あたしでした。
ナイス
2014/11/29(土) 午後 9:38
あたしさん
それがきっかけで、勧められた政治家の道を進むことになったんでしたかねえ。
Y!ナイス! ありがとうございます。
2014/11/30(日) 午後 8:33
後藤新平は大風呂敷と言われていたのですか、現状を考えると先見の明があったのでしょう!現代の政治家は見習ってほしいですよ。後藤新平の言葉は成程です!これを紹介にナイス。
2014/12/1(月) 午後 0:30
酔渓さん
後藤新平は先見の政治科でした。ただその「先」というのが、先過ぎて、理解が得られなかったようです。
言うことが大きすぎて「大風呂敷」と。
Y!ナイス! ありがとうございます。
2014/12/1(月) 午後 9:18
大風呂敷だけは聞いています。
医者であったことは知りませんでした。
2014/12/9(火) 午後 8:40
ぽちゃさん
「大風呂敷」、聞いたことありましたか。
言うことが、先過ぎて理解が得られず、空想話のように受け取られたのでしょう。
2014/12/11(木) 午後 4:36
読みが深い方だったのね。
人の世話にならぬよう・・・報いを求めぬようは常に頭の隅にありますが・・・
やっぱり一言有難うが欲しい事が多くなって反省です。
2014/12/14(日) 午前 7:08
ぽちゃさん
またおいでいただき、ありがとうございます。
「一言有難うが欲しい事が多くなって」、報いを求めたことにはならないでしょう。
素直な気持ちで、当たり前のことと思います。
2014/12/14(日) 午後 1:12
名前だけは知っていても詳しくは知りません。勉強させていただきましたよ!
2014/12/17(水) 午後 5:40 [ とよたろう ]
とよたろうさん
ありがとうございます。
今日、ある講演会で、助けを求めることも必要とのことでした。
介護問題もそうです。一人で抱え込まないで、助けを求めましょう、と言ってきました。
2014/12/17(水) 午後 6:01