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農繁休業 1年生は?
先日大正9年の兵隊さんの農繁休暇の新聞記事を紹介しました。
その時、私が小学生の時、農繁休業は2年生からで1年生は休みではなかったと書きました。
私は昭和23年4月の入学です。
あの小学生時代は土、日休みの5日制であったり、サマータイムが実施されたり、古い紙幣、貨幣の一部が使用できなくなったりで忙しい時期でした。
ところで、その1年生ですが、昭和4年4月7日付けの新聞を前回一緒に紹介すべきものでしたが、抜けてしまいました。
今日、改めて紹介します。(それほどのものでもありませんが)
昭和4(1929)年4月7日付け
足手まとひになる
尋常一年生の解放
本県学務部長の意向
小学校の農繁休業の是非は今論ずべき筋合いのものではないが、ただ其実施上○○の○○からず○に栗田学務部長は此の弊害とも目される○○の○○に就いて左の如き意向を有している
農村の繁忙期には足手まとひになる幼児の為の託児所までが設けられ○○○中一家に○○の憂ひなくして充分農作に従事させる計画が実施されてる一方これか又農繁休業の名の下に一律一体によちよちしてゐる尋常一年生までが学校から解放されるのだが、家庭として○○な事でもあるまい 一方学校職員もこの休暇中には何をしているかもっと農村が忙しければ忙しいだけ何かの有意義な仕事がありそうなものだ・・
やっぱり戦前でも一年生は役に立たなかったんですね。
それで、やっぱり一年生は休みではなくなったわけですね。
却って私たちの時のように一年生は学校に行ったほうが良かったんですね。足手まといかあ。そうかもね。
学校に行けば、家庭でも一年坊主の世話が省けるというものですか。
あ、そう言えばこんな言葉がありました。
「手伝わなくてもいいから、邪魔にだけはならないで」
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
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一年生は猫の手にもならなかったようで...(*´艸`*)
でも、子守くらいはできたかな^^
2015/5/24(日) 午前 9:45
足手まとひになる尋常一年生の解放・・・
もっとほかの表現はなかったのかな〜?
現在なら、クレームをつける人がいるかも。
2015/5/24(日) 午前 10:28
飛べ飛べさん
ありがとうございます。
猫の手にはならず、せいぜい「孫の手」だったのでしょう。
子守くらいはできたかもしれません。でも、事故もありますから。
キラキラ
2015/5/24(日) 午前 11:36
> あたしさん
足手まとひ、これくらいは優しい表現です。
戦前の新聞は「老婆」などとストレートです。
2015/5/24(日) 午前 11:47
失礼致します


懐かしい話題
うれしいです
私は明治生まれの人達と山仕事を長くやってましたので、歳の割りに違和感なくて楽しい記事でした。
じじ、ばばが若嫁を真ん中において、田植で追い回したなんて意地悪なお話しもたくさん聞きました。
記憶力悪く
一年か二年生か記憶に無くて、ただうれしいなあ!
だけでした。
またいろんな記事よろしくお願い致します
2015/5/24(日) 午後 0:16 [ shi*o0*73ch**i ]
> shi*o0*73ch**iさん
農家ではないので、分りませんが、種まきから田植え、草取り、稲刈りまで人力だったんですよね。
2015/5/24(日) 午後 2:42
つい笑ってしまいました。
子供達が二年生になって、かなり楽になってます。今思えば一年生は大変でしたよ、やっぱり。
昔も今も変わらないんだなぁ、なんて思いながらニヤニヤしちゃいました
2015/5/24(日) 午後 3:21 [ R&Mママ ]
なるほど全て農繁期休学にすると一年生の面倒を見なくてはならないから、学校に行ってくれたほうがいいのですね。「「手伝わなくてもいいから、邪魔にだけはならなで」は自分に言われているような(笑)
2015/5/24(日) 午後 4:10
あおぞらさん

臭い



昔の百姓はミジメでしたよ
田植に入れば、蛭ひるが足に引っ付いて
たんと大事な私の血を!吸って
大きくなってます
取れ無いんです。噛み付いているからなんでしょうね!
昔は田植用のゴム長なんか無いから
裸足の田植でした。
石があったら
痛いし
まっすぐ植えないと叱られますし
昔のお米は精米も石抜きなんか無いですから
臭石なんて言うのを
ガリッ、なんて噛むとまあー臭い
稲木も台風でよく倒されました。
最悪です
倒されたまま、穂から芽が!
またまた年寄りがうるさい
よその人が笑ったはる
はようしてくれ
生きた心地せんわ!
いつもの年寄りの決まり文句!
百姓は大変ですね
2015/5/24(日) 午後 4:54 [ shi*o0*73ch**i ]
> R&Mママさん
2年生になって楽になりましたか。
それは良かった。
私は2年生でもだめで、先生が、隣に世話の良いできる女の子を1年生の時から2年間並ばせてくれました。彼女には大変世話になりました。
でも、彼女は若くして亡くなりました。
私は中学校になって、やっと普通になりました。
母には苦労を掛けました。
2015/5/24(日) 午後 7:46
酔渓さん
昔の子供は働きました。
子どものできる用事も多かったです。薪割り、床拭き、味噌すり、庭掃除、庭の草取り、その他。
実家は商家だったので、私も中学生になると配達だけではなく、集金もしました。
酔渓さんも随分やtたんでしょ?
2015/5/24(日) 午後 7:53
> shi*o0*73ch**iさん
そうだったんでしょうね。
蛭は付き合いました。田んぼの側溝で小魚取りのときに。
吸いつかれました。思い出します。縦に蛇行して寄ってくる姿を。
「臭石」、これ分りません。
2015/5/24(日) 午後 7:57
農家さんはほんとに大変だったのですねー
とてもとても務まりそうにありません。朝寝坊だし…(^O^)
2015/5/26(火) 午前 1:18
みみりんさん
はい、あおぞらも務まりませんね。
ホント、重労働だったようです。
2015/5/26(火) 午前 8:33