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ブログ10年記念焼き直し(13)
平成20年10月19日(日)のブログの焼き直しです。子供の小遣い稼ぎ(2)
これは昭和20年代のことです。
春になると庭にたくさんの水仙が咲いた。品種もいくつかあり、父が育てたものだった。父は水仙が好きだった。
父の許可があり、水仙を売ることが出来た。10把、20把と束を作った。花が咲いているものと蕾のものと組み合わせて花1輪に葉が4枚とした。生えているのが原則そうなっている。
花の大きさ、葉の大きさは子どもなりにバランスを考えたような気がする。
藁で束ねるが藁はしのを取って軽くたたいておく。使う時に水で濡らして柔らかくする。
クリを買ってもらった八百屋さんに買ってもらった。また、母が華道の先生に話をしてくれて、お稽古日には先生に持っていった。
1把、八百屋さんが4円、先生は5円だった。
今思えば、あんなちゃちな花束が売れるなんで信じられない。でも当時は春早い時期は花が少ない時期なので、売れたのであろう。
もちろん農家の人もスイセンは育てている。
その当時の水仙の球根を移植したものが、今でもあおぞらの庭で育っている。
今日もおいでいただき、
ありがとうございます。
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20年代の5円と言えばかなりの価値があったのでは? 水仙売って大儲けしたんでしょう(爆) 当時の水仙を移植して今の庭で咲いている・・・・・素晴らしい事ですね、ナイス!
2018/10/9(火) 午後 1:43
私の母も水仙が好きだったと、母の死後、従姉から聞きました。
あおぞら少年、八百屋さんでは顔パスだったのでしょうね^^
2018/10/9(火) 午後 3:45
春は黄色い花から始まるって聞いたことあります
最近は多くM時書けませんが、水仙は暖かい春の訪れを告げる可愛い花のひとつですね
2018/10/9(火) 午後 8:44
> 酔渓さん
当時の5円は今、100円くらいになるんでしょうか。
あの頃の水仙がまだここにあると思うと、不思議な気がします。
ナイス!ありがとうございます。
2018/10/9(火) 午後 10:37
> 飛べ飛べさん
ありがとうございます。
そうだったんですか、やはり水仙が好きだったんですか。
商売は仕入れも大事なので、商品供給者と思われてたのかな。
キラキラ
2018/10/9(火) 午後 10:40
> BebeMobileさん
あおぞらも誰に聞いたわけでもなくそう思ってました。
タンポポ、水仙、レンギョウ、菜の花など。
春先に店で売ってる花が非常に少ないとき時代でした。
下り物と言って、南の方から仕入れた花はまた特に高かったでしょうから。
当時の水仙の球根が今でもここで咲きます。(来春)
2018/10/9(火) 午後 10:47
こんにちは。
昭和20年代、懐かしい時代ですね。
私の家では鶏を飼っていて、自分の家では食べないでご近所の人に売っていました、値段は?忘れてしまいました。
水仙の球根がまだあるのですね、花が咲いたら是非ブログにアップしてください、楽しみにしています。
2018/10/10(水) 午後 4:34 [ とみ子 ]
> とみ子さん
そうですね。現金収入も大事でした。
水仙は数年前まで毎年自慢げにアップしてました。
近年花がきれいに咲かなくなりましたので、アップしなくなりました。
ナイス!
2018/10/11(木) 午後 3:53
水仙を手売りで売っていたんですね〜〜
初耳です!
今度から水仙を見たら、この花を思い出すと思います
2018/10/18(木) 午前 5:36
> すみれさん
兄弟4人ですが、主にあおぞらが売ってました。
ま、社会勉強にもなったのでしょうか。
2018/10/18(木) 午後 6:06