|
戦後、国民が 米が食いたい、米が欲しい との 声が大きく、続きました。
なにせ、人造米なんてものまで、出現する始末でした。 人造米。 なんでも、くず米を
粉にして、普通の 米粒状に したものだとか。
米、米。米。
その声に応えて、農林省は 開田を 大規模に 進めました。
一方、米食の 抑制宣伝と 小麦食の 誇大宣伝が 続けられました。
いわれのない米の悪口と、誇大な小麦粉が良いとの 宣伝。
私の地域でも 大開発が 進められました。 茸が 採れた丘陵も 林も 田んぼになって し
まいました。
しかし、予算に限りがあるので、5年計画とか、10年計画とかを 繰り返して 進めて
いったんだと思います。
開田は、どんどん 進んでいきました。
両方の政策 ( 米食抑制 と 開田 )が 進み過ぎて、米が 余るように なってきまし
た。
田んぼの 面積は 大きくなり、米の 消費は 小さくなりました。
学校給食も、パンだけでした。 米あまりに なってから、米飯も 一部採用に なりまし
た。
米は、全量 政府買い上げの 時代です。
古米、古古米。 倉庫不足。 低温倉庫。 黄変米。 新聞に こんな文字が 飛び交いまし
た。
減反政策が 始まりました。 1割 減反 ( 所有する田んぼの 1割は耕作できない )、
2割 減反、3割減反、・・・。
きっちりと、どこと どこの田んぼを 減反すると言うことが調査・印を付けて、記録さ
れたようです。
減反した田んぼに 稲以外のものを 栽培すれば、補助金が付くとか。
一旦、苗を 植えさせて、ある程 度成長してから、刈ってしまう 青田刈り なんてこと
も ありました。
刈ったものは 家畜の 飼料に したようです。
めちゃくちゃな 馬鹿な政策も あったものです。
そして、極め付けが、減反の一方で、何年計画かの 開田の予算が 付いたのでしょう。
同じ時期に、一方で、「 減反 」。 一方で 「 開田 」 という、なんとも 素晴らし
い 光景 を 目の当たりに することが 出来ました。
私は 農家では ありませんので、細かい事情は 分かりません。 お利巧な お役人様の
なさることです。
休耕田には、雑草が生え、木が生えて、それで、食料は 60% 輸入 なんだと。
私には なんとも 不思議 な 事です。
石破 農林水産大臣が、5日の 記者会見で、この減反の 見直しを 正式に 表明しまし
た。
米以外の 食料を 考えて欲しい。
お読みいただき、ありがとうございます。
|