|
高校は 県立高校で、男女 共学でした。 しかし、校長の方針で、クラスは 男子のクラスと 女子のクラスに 分かれて い ました。 1年生から 3年生まで 同じでした。 校舎の中央に中央廊下があり、左の校舎は 女子の校舎。 右の校舎が 男子の校舎 と はっきり分かれていました。出入り口も別です。 これは授業だけのことで、クラブは 男女一緒でした、と 言っても、私はクラブに は 入っていませんでした。 校長の 粋な計らいで、「 園 遊 会 」 と いうものが ありました。
罪滅ぼしかな。
年に1度、男女 数人ずつが 1つのグループとなって、園遊会というものを するのです。 その日は 授業が ありません。 川原で、鍋で料理らしきものを 作ります。
材料は、どう調達したのか、忘れました。
石を集めたりして、かまどを 作るのは 男子がやって、調理は 女子が やってくれました。
一緒になって作った覚えはありません。
お弁当は ご飯だけを 持っていきました。 お椀も 持って行きました。 みんなが 輪になり、何か 歌を歌いながら、後ろ手で、ハンカチを 隣の人に回し ます。 歌が終わったところで、 輪の中心のオニが 誰がハンカチを持っているかを 当てるとゲームです。
当たらなかったら、またオニです。
ズイズイ、ずっころばして、ごまみそズイ。 こんなのも、やりました。 男女で 組んだりして、いくつか、ゲームをやりました。 普段、女の子と 付き合ってないので、大層 照れくさく 思いました。 でも、大変 良い思い出に なりました。 今、近くの 高校生は 男女 手を繋いだりして 歩いてますが、当時 ( 50年前 )
は 考えられないことでした。
そのころ、天皇の 行う 園遊会は 知りませんでした。 校長が この名前を 借りたんだな、と、あとで 思いました。 あれから、もう50年か・・・ お読みいただき、ありがとうございます。 明日は、「 特養の 勤務 シリーズ 30 ひとり 足りない 」 です。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2009年04月24日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




