切手の こんな 使われ方 ( 4 ) 電話の 通話料金の 納付
昭和30 ( 1955 ) 年 以前は 一般家庭の 電話設置は 非常に 少数で あった。
増してや、この 大正元年などは 電話交換局 自体が 非常に少なく、電話が 使用し
にい時代であった。
自宅に 電話がないので、電話のある郵便局に 行って、通話を 申し込んで、利用した
のである。
前回 書いたように、電話は 繋がるまでに 時間が 掛かる。
ただ、電報と 異なり、会話が 出来ることが、非常に 便利である。
この 通話券の 場合は、市内なので、待ち 時間は あまりなかったと 思う。
通 話 券 大正 元年 9月 15日 大阪・下三番局 通話地 市内 通話料金 5銭
電話交換は 交換手が 行っていた。 写真などで ご覧になったことも あろう。
市外 長距離だと、交換局を 幾つも 経て 繋がる。
回線が 多くないので、時には 何時間も 待つことになる。
日本も 近代的になったと 思われる 東京オリンピックが 開催された 昭和39年。
私が 就職した 茨城県の食品会社。 工場から 東京の本社に 電話申し込むと、急
行で 2時間も 掛かると、事務員が 言っていた。
長距離に なれば、なるほど、音声が 小さくなり、いかにも 遠距離という 感じだっ
た。
下の 通話券は 昭和5 ( 1930 ) 年 2月、静岡県 村節局から、堀江局と あ
るが、なに 県か 分らない。
事情が 飲み込めない 若い人は、申し込んだりしないで、すぐボタンを 押せば良い
のに、と思うかも しれない。
ボタンも ダイヤルも 無いのである。
全国 即時 ダイヤル通話が 実現したのは、ずっと 後の昭和53 ( 1978 )年
のことである。
お読みいただき、ありがとうございます。
明日は、「 蛍が 寄って 来た 」 です。
|