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私のブログの 昨年 10月 21日に 出てきた 祖母は 商売好きだ 。 世の中が 少し 落ち着いてきた 昭和 30年代に 空き家になっていた 家を 改造し て、食堂を 作った。 ふくべ屋と いった。 ジンギスカン 料理も 提供した 。 そのころ、この辺では、まだヒツジの肉を 食べることが 一般的では なかった。 中央が 山なりに 高く、周囲は 円形に 溝になっている。 そして山には 縞に穴が 空いている 。 いわゆる、ジンギスカン鍋だ 。 どれくらいの お客が あったのかなあ 。 中国だと 「 羊 頭 狗 肉 」 と いう 言葉が あるほど、ヒツジの肉は 高 級な 肉なので あろう 。 確かに 私は ヒツジの 肉は食べるが、イヌの肉は 食べたことが ない 。 でも、中国原産の犬、チャウチャウ は 元々は 食用犬 だったという 。 だから、日本での ゲテモノとしての、イヌの肉 ではなく、中国では イヌも れっ きとした 畜肉では あったわけだ 。 さて、当時、食堂と 言えば、日本そば か、「 支那 そば 」 が メインと 成る 。 ふくべ屋で、当然のことで、支那そばの 注文が あった 。 そして、その職人は お客さんに 支那そばを 給仕して、言ったそうな 。 しょっぱ かったら、お湯を 差して あげますし、 あまかったら(薄味)、 醤油を 差して あげますよ 。 どう なんでしょうね 。 親切 なのでしょうか 。
地元の ある料亭の 若い主人が 言ったという 。 もちろん、 座興の 話だが、
料理を 出して、香辛料の 追加要求、わさびが 欲しい、芥子が 欲しい、は 良いが、 味の素が 欲しい は 勘弁してもらいたい 。 お読みいただき、ありがとうございます。
明日は、「 特養の 勤務 シリーズ 78 お弁当を 食べながら・・・ 」 です 。 |
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2009年07月17日
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