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「 浜までは 海女も 蓑 ( みの ) 着る 時雨 ( しぐれ ) かな 」
「 死ぬまでは、 しっかり 生きよう 健やかに 」 と いうことかな ・・ あおぞら
近所の 判こ屋さんに 久し振りで 行きました。
この 判こ屋さんの 腕前は 県内では 1、2 を 争う 技量です。
前に 来たときには、気が 付きませんでした。
今度、行きましたら、店内に 掛けて ありました。
頭書の 言葉を 書いたものが。
私も、その言葉を 一応、知って いましたので、何故 掛けて あるのかを、尋ねました。
それまで、知りません でしたが、判こ屋さんは 特攻隊の 生き残り だったのです。
待機していた、その 場所は 忘れました。
出陣まで 待機していたときな そうです。
しばしば、空襲があり、そのたびに 防空壕に 退避 させられて いたそうです。
何回も、何回も なので、あるとき、仲間とともに、退避 しなかった そうです。
「 どうせ、いずれ 死ぬんだし 」、と いう 考えだった そうです。
そのとき、上官に 言い 聞かされたのが、頭書の 言葉 だった そうです。
「 浜までは 海女も 蓑着る 時雨かな 」
海女は 浜に着けば、海に入るので、どうせ 濡れてしまうのです。 しかし、時雨の時は、
その海女も 浜までは 濡れないように 蓑を着ていく、と いうのです。
特攻隊員は、特攻で 死ぬのが 本来なので、空襲で 死んでは、なんんも ならない。
出撃まで、命を 大事にしろ。
判こ屋さんは、それ以来、上官の その言葉を 座右の銘 として生きてきた そうです。
私は、大正大学の 教授だった 高神覚昇 と いう人が 書いた本で 知りました。
播州の 瓢水 という人が、尋ねて来た人の 誤解を 解くために 作った俳句なそうです。
命が惜しくて、薬を飲むと 思われたのに 対して
瓢水は、薬を飲むのは 命が惜しい からではなく、死ぬ そのときまで 元気で 居たい、という
ことだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
明日は、「 死ぬか と 思った 」 です。
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