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母は「 辺りを向いて、鼻をかめ 」と、言ってました。
鼻を かむときは、他人 ( ひと ) に 向かって かむものではない。
他人( ひと ) の 話をするときは、周囲に 迷惑を掛けないように、関係者が 居ない
かどうか、
見回してから 話をしろ、という 意味のようでした。
この田舎町に 戦時中、飛行機に関する施設が あったらしいのです。
そのためか、米軍の飛行機が飛来して、爆弾か、機銃掃射かで、田んぼで 働いていた お
ばあさんが 亡くなった と いう話がありました。
当地で、唯一の 直接の 被害者です。 おばあさんが 死んだ と いう話は 子どもも 知っ
ていました。
中学生の時に、数人集まったとき、何の弾みか、そんな話題に なりました。
あの辺の 田んぼとか、どこの 裏の 田んぼだとか、言い始まりましたら、一人が、「 そ
んな話は しないでくれ。 それは オレのおばあさんだ 」 と ポツリと 言いました。
洪水で、町の中を 流れる川の 主要の橋が 落ちてしまいました。
落ちた橋の 入り口に 通行不能として、縄が張られました。
夜になると、縄は 見えません。
危険を 示す明かりが ありませんでした。 当時は それが 普通のことでした。
その後の 雨の夜に、
強い雨で、前がよく見えずに、自転車で、いつものように、橋を 渡ろうとした人が
ありました。
しかし、橋は なかったのです。
誰かが、橋のところで、落ちて、死んだと 聞きました。
見に行きましたら、もちろん、川原に 遺体は ありませんでしたが、
落ちたと 思われる位置に、自転車と、持ち物が 並べられて ありました。
かわいそうに。 若い人だった との ことでした。
今なら、管理者の 安全管理が 問われるのでしょうが、問題に なったという話は 聞き
ませんでした。
昭和26,7年のことでしょうか。 私は 小学生でした。
この話も 町では 誰もが 知ってる 話題でした。 しかし、その被害者が どこの人かは
知りませんでした。
その後、30年ほど 経た ある日。
あるグループの 雑談で、その後に作られた この橋の話が 出ました。 話が流れて、あ
の事件の話になりました。 「 どこの人 だったんだろう 」 と いうことに なりました。
一人が「 あれは、オレの兄貴だ 」と 言いました。 のけぞらんばかりに、驚きました。
隣の町の 人でした。
グループの 年配者も 長い付き合いでも そのことは 知りませんでした。
またまた、辺りを見ても、分かりませんでした。
だって、この話の 当事者かって、聞いてから、雑談に入ると いうことも ないですから。
ま、予め分かっているときは、話題にするな、と いうことでしょう。
失礼にならないように、雑談も 気をつけて。
お読みいただき、ありがとうございます。
明日は、「 新聞紙 」 です。
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