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特養の勤務シリーズ153 私が仕事を休んだとき
私は じいばあ園に 昭和60(1985)年 4月に、開園と 同時に仕事を始めました。
採用試験は 1次は 筆記試験。 2次は 小論文と 面接でした。
前の仕事で、「ぎっくり腰」 をやりました。
それをこじらせて、慢性的な 腰痛持ちでした。
介護の仕事は腰が辛いよと 言われ、採用を辞退しようかと思いました。
採用されて 平成14(2002)年3月末まで、17年間勤務しました。
全く腰痛の17年でした。
その間、自分の都合で休んだのは、舅が亡くなったとき、姑が亡くなったとき、
そして体調不良で2回休みました。
1回目は連続3日間、2回目は連続2日間で、計5日間です。
喉が痛いので、耳鼻科に行きました。
扁桃周囲炎 ということでした。
2回とも 扁桃周囲炎でした。
熱があり、喉が痛くて、痛くて、唾を飲み込むことも困難でした。
当然食事は出来ません。 次男が液状のカロリーメイトを買ってきてくれました。
飲まず食わずでは 回復が遅くなるので、痛いのを我慢して、1口1口少しずつゆっくり飲みました。
そして、医師に処方された薬を服用し、寝てました。
他には、どちらの都合なんでしょう。 「出勤停止」 がありました。
「O157」、食中毒事件、こんなものが流行ったことがありました。
施設は大騒ぎでした。幸いじいばあ園では重症者や死亡者は発生しませんでした。
職員の検便で、私は「O57」を保菌してることが判明しました。
「O157」では無いんですが、これも毒素を生産するということで、1週間の出勤停止を言い渡されました。
そして、園の嘱託医師の処方の薬を服用し、その菌が消えたところで、医師の証明書を提出して、出勤の指示が出されました。
私としては、腹痛があるわけでもないし、下痢してるわけでも無いし、具合が悪いわけでもありませんでした。
単に保菌している、というだけでした。
で、出歩いたときに、同僚に出会ったときは、なんか申し訳ないような気持ちになりました。 なんにもしないで、ただ休んで好い気なもんだ、と思われないだろうかと。 早退が 1回あります。 腰が痛くて、なんともならず主任に整形外科に行ってくるので、2時間を休みをくれるように言いました。 そしたら、無理しないで、早退していいよ、とのことで、早退しました。
不時の休みは少なかったものと思います。
他に もう少しあるのかも知れませんが、記憶にありません。
この特養の 勤務 シリーズは 昭和 60年からの ものです 。 用語は 当時のものを 使用しています 。 お読みいただき、 ありがとうございます 。 |
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