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特養の勤務シリーズ154 息子に追い越された
次男が高校を3年の時、どのような職業に就きたいのか、話し合いました。
性格からすると、私同様、営業マンに向かないのは 火を見るよりも明らかです。
事務職、1日机に向かって、・・・・、やだなあ。
工場勤め・・・・ 自分も機械の一部になってしまう、と工業団地の会社に勤務してる人が言ってました。 じゃあ、私がやっている仕事、介護の仕事はどうか、ということになりました。
じいばあ園にボランティアに行ったことがあるので、ちょっとは見たことがあるでしょう。
やさしい性格から、お勧めの仕事かもしれません。
決りました。
介護福祉士養成の専門学校に入学を目指すことになりました。
今と異なり、あの頃は介護福祉士の希望者が多い時期でした。
次男は群馬県の専門学校に入学しました。
2年後、就職先を捜す時期になりました。
平成5(1993)年4月に、じいばあ園は 54ベッドから104ベッドに 増床されることになりました。 なんと、息子の卒業時期と同じです。
職員募集があり、寮母(寮夫)10人 募集されました。
私は園長に息子が卒業するので、じいばあ園の採用試験を受けさせても良いか、伺いました。
構わないとのことでした。
第1次の筆記試験、2次の面接を通り、男性5人、女性5人が採用されました。
男性5人の中に息子も入っていました。
採用され、9年間 私と同じ職場で働きました。
私は平成14年3月末まで、 じいばあ園で 17年 働きました。
息子は増床の 平成5年4月から 今年4月で 17年になります。
遂に 息子に 勤務年数を 追い越されました。
息子は17年の間に 体調不良で休んだのは、2回だけです。 私と同じです。
息子は体調調整に気を配っています。
ですので、息子が公休の日に、体調を崩して急に休んだ人のピンチヒッターを園から頼まれます。
でも、 じいばあ園では原則、代休や休日出勤手当ては ありません。
勤務割は 園長の勤務命令ですので、職員同士で休みの交換は 出来ません。
私も現役時代に 3日間の連休のはずだったものが、1日だけになったことがあります。 ちょっとがっかりです。
じいばあ園の増床がなかったら、息子は離れた所に就職して、
なかなか会うことも ままならないでしょう。
息子がそばに居て、共通の話題があるということは、幸
せなことですね。
ありがたいことです。 じいばあ園に 感謝しなければ なりません。
お読みいただき、ありがとうございます。 |
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2010年06月20日
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