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今、ヤンマが
今日は、昨夜と今朝の雨上がりで蒸し暑いです。
エアコンはありませんので、窓を開けています。
パソコンの前に座っていたら、ヤンマが入って来ました。
写真が撮れるかなと思い、カメラを準備しました。
私の気持ちが分かったのでしょうか。
なんと私の目の前に止まりました。 パソコン画面のカバーの縁です。
「オニヤンマ」 です。
これは昨日、庭のモミジの木に来た カミキリムシ。
「キボシカミキリ」 かと思います。 これも昨日撮ったもの。
先日のスジクワガタより小さいようです。
アリがたくさん寄っていますが、争っているようにも、見えませんでした。
これも昨日です。小さいクワガタのそばです。
蛇の目が見えるので、ジャノメチョウの仲間でしょうか。
先日はここに 「オオムラサキ」 が来ました。
写真が撮れたら紹介します。
ヤンマが思いがけずに撮れましたので、急遽予定外の更新です。
ご覧いただき、ありがとうございます。
明日から3日間休みます。
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2010年07月25日
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特養の勤務シリーズ158 文集から(3)
健康は食生活から
文集は 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、 聞いてもらいたい、 そんな話を入居者から聞き取ってまとめたものです。
私は大正7年に生まれました。
昭和7年小学校高等科を卒業し、すぐに運送会社の仕事に就きました。 そして、運転助手をしました。夜は運転免許取得の勉強をして、2回目で合格しました。 それから、建設会社に就職しました。 戦争には3回召集になりましたが、内地勤務で3回目の時には運転が出来るので、青森県の弘前で、部隊長の運転手をしました。
戦後、近くで馬を買い、また馬車も買い荷馬車業を始めました。
まだ、トラックがほとんどない時代でしたので、食料、生活物資の運搬は荷馬車が主流でした。 荷馬車業は地方の運搬業の主力でした。 父は朝鮮牛と2輪の牛車で小運搬を行い、薪、木炭などの運搬に励み、親子で忙しく働きました。 町内の小学校へはストーブ用の薪などを納めました。 年を追うごとに忙しくなり、夜、寝る間も惜しいほどでした。 しかし、働けば働くほど体が資本であることが身にしみて、元気で働くためには健康が1番で、食生活が大切と考えました。
そして、食料のなかでも動物性たんぱく質を摂取することが1番と考え、養豚業を始めました。 子豚の多産の種豚の購入や子豚の貸付など、また近隣町村へ成豚の購入にも出かけました。 しかし、資本と苦労の割には利益が上がりませんでした。
それで、豚肉専門店を始めました。 その後、店は長男に、次男には豚舎建ててやり、養豚をさせました。
(この方は話が出来ないので、長男の方が書いてくれたものです。)
あおぞら 注 : 戦後数年間、小運送は馬車が活躍しました。 トラックは少なかったです。
: 子どものころ赤毛の牛を「朝鮮牛」と呼んでいました。 今日も、お付き合いいただき、ありがとうございます。
明日から3日間お休みします。
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