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特養の勤務シリーズ163 文集から(6) 幸せ者
じいばあ園では入居者の生活の聞き取り集を作ってました。
寮母が聞き取りをし、10集以上作りました。 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、聞いてもらいたい、そんな話を聞き取ってまとめたものです。 家族がこんなことは聞いたことがなかった、なんてこともありました。 私は明治43年7月生まれです。
小さい頃、お父さん、お母さんに「読み書きだけは出来ないとだめなんだから」と、言われて尋常小学校6年まで通わせてもらったんだよ。 遊んで帰ったり、学校から帰ったりすると、勉強好きの母からいつも「勉強したか」と言われて勉強したものだった。
そうでなかったら、勉強なんてしなかったもの。 お陰でいくらかでも読み書きが出来るようになったんだよ。 私の家では誰も読み書きが出来なかったので、家に手紙が来ると近所の家に持っていって手紙を読んでもらっていたんだよ。
だけど、私が読み書きが出来るようになると、家の人たちは安心していたようだった。
今までは家の中のことが他の人に知られて嫌だと話していたので、私はだんだん家の中で重宝がられたんだよ。 年頃になると読み書きが出来るからって、体が小さくて、いい顔ではなかったけど、お嫁さんにしてくれる人が居て、嫁ぐことができたんだよ。 家の人たちは字の読める人が遠くに嫁ぐと困るので、近くに嫁がせたんだ。
だから、嫁いでからも実家に手紙が来ると読んであげたものだった。 嫁いだ先でも読み書きが出来る人が居なかったので、みんなに優しくしてもらったんだよ。 昔は学校にさえ通わせてもらえない時代だったから、私は恵まれているほうだったね。
全部、お父さん、お母さんのお陰です。
親は本当にありがたいものだよ。
そして、私は幸せ者だ。 聞き取り寮母の但し書きに平成元年9月27日逝去とあります。
聞き取って、文集が発行される前に亡くなりました。 このかたは平成21年4月29日に特養の勤務シリーズ32 冷たい。死んでる!で紹介した方です。
あおぞらが夜勤のときでした。
数時間前に自分でトイレに行ったのは見ていました。
あおぞらが休憩時間が終わり、相棒と交代して見回りした時、既にベッドで冷たくなった彼女に遭遇しました。
お気の毒なことでした。 「いい顔ではなかったけど」と言ってますが、それは謙遜で、十人並みの器量でした。 今日もお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
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2010年08月29日
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