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この虫は 「ウスバカゲロウ」 でしょうか。
我が家に入ってきました。
椅子の上
屋根の上
同じ個体です。
近くの小学校の校庭の隅に小さな神社があります。
その床下に蟻地獄があります。
出てもらいました。
上から。
大きさは
はさみなしで、1センチ弱です。
横になって
ひっくり返って
もらいました。
アリを捕まえる
はさみがあります。
こんなことにお付き合いくださいまして、ありがとうございます。 |
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2010年09月12日
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特養の勤務シリーズ165 文集から(9)
チャルメラの音、遥か・・
じいばあ園では入居者の生活の聞き取り文集を作ってました。
寮母が聞き取りをし、第14集まで作りました。 第2集から第14集までは私が編集長をしました。 全部、手書きです。 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、聞いてもらいたい、そんな話を聞き取ってまとめたものです。 家族がこんなことは聞いたことがなかった、なんてこともありました。 支那ソバの屋台を引いて稼いだのは24、5歳のころと思う。 その頃の町は今より賑やかだった。 昔からの大きな商店もたくさんあり、人出も多かった。 夜の9時ころから夜中の12時ころまでチャルメラを吹いて歩いていたんだ。
支那ソバの屋台を引いていたのは、3人居たんだ。中国人の金さんともう1人は日本人だった。 3人とも縄張りみたいなものはなかった。だから、それぞれ好きなところを流して歩いた。 冬になると、「切りあ〜め、きんつば」と言って菓子を売って歩く屋台もあった。
支那ソバはやっぱり夏場よりも冬場のほうがよく売れたよ。
冬は今より雪が多くて、寒かったが、辛いとは思わなかった。 昼間はソバ打ちから始めて、つゆの仕込をした。
だしは豚の骨と花がつおでとったね。 具材は焼豚と支那竹とノリ、刻みねぎだった。 美味しかったよ。1杯10銭で売って歩いたんだが、1晩で50杯も売れることもあって、結構実入りがあったよ。
仕立て屋で「若松」という店では、夜なべ仕事をしているので、仕事の途中によく買ってくれたんだ。お得意さんだった。
今、じいばあ園で一緒にいる桃夫さんにもよく買ってもらったよ。
今、こうして一緒に暮らしてるのが不思議な感じがするよ。 自分で作った支那ソバ、食べてみたいなあ。
今日もお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
また おいでください。
日曜日は特養の勤務シリーズです。
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