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○ 疎開暮らし

 特養の勤務シリーズ170 
 文集から(13) 疎開暮らし

 じいばあ園では入居者の生活の聞き取り文集を作ってました。
 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、聞いてもらいたい、そんな話を
聞き取ってまとめたものです。
 
 
 私は明治43年に新潟の旧家で生まれたのよ。
 学校には女中に連れられて町立の小学校に6年通ったの。

 それから職業学校に行くため、夜間補修を受けに先生の所に通ったの。
 先生はさ、晩酌してて、そのそばで勉強したのよ。
 
 それから東京の叔母の家で暮らしたの。
 叔母さんの紹介で23歳で結婚したのよ。
 その人は紳士服を作っていたわ。
 
 戦争が激しくなったので、昭和19年に疎開をしたの。
 「生めよ、増やせよ」の時代になって、東京に居たときに1男4女を産み、
疎開してから1男1女を産んだの。
 4畳半のところに9人も住んでいたのよ。
 
 農家に手伝いに行ったのよ。
 なんたって、子どもが7人もいたでしょ。 
 田んぼの手伝いは肥やしを背負って、もちろん牛とか馬のフンなのよ。
 重かったし、臭いし、それを手づかみで田んぼに散らしていったのよ。
 そりゃあ、大変だったわよ。
 
 稲刈りは稲束が結べなくて、手がとっても痛かったのを覚えてるわ。
 それから田んぼに虫がいるでしょ。
 そ、あれ、「はったぎ」。 ええ、「いなご」のことよ。
 あれを取って歩いたの。
 田んぼの稲の切り株があって、歩くのが大変。
 でも、食べるものがなかったから、「イナゴ」を食べたのよ。
 今は なんでもあるけど、あのころは なんにもなかったのよ。
 
     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

  当時の農業の様子が分かります。
  このような仕事は都会から来た人には耐え難い仕事だったでしょう。

 あおぞらも当時イナゴを食べたことがあります。
 30数年後、長男が好きで、母に調理してもらって食べました。
 珍味として売っていることがあります。
 
  今日もご覧いただき、ありがとうございます。
    また、おいでください。お待ちしています。
 
 

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