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特養の勤務シリーズ174
文集から(16) 時計職人
じいばあ園では入居者の生活の聞き取り文集を作ってました。 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、聞いてもらいたい、そんな話を聞き取ってまとめたものです。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
私はね、4つのときに母親が亡くなって、父親の男手で育てられたの。
でも、9つのときにおじの家に養女にもらわれたの。 おじの家は洋品店をやっていたの。その頃のことだから、赤ん坊のよだれ掛けや帽子なんか家で作って売ってたの。 その家でずっと育てられ、年頃になったら婿養子を迎えたの。 その人が時計の職人でね、時計店をやることになったの。 そして、引っ越したんだけど、これがひどい家でね。 屋根が杉の皮だったから、雨が漏って傘をさしてご飯を食べたこともあったよ。
今の家を買うようになるまで2人で一生懸命働いたの。
父ちゃんが時計の機械の仕事をして、私は店でお客さんの相手をしたり、時計の外側をピカピカに磨いたりしてね。 2人で一生懸命でしたよ。 父ちゃん?
いい男でしたよ。とってもいい男。そこらの俳優に負けないくらいいい男だったよ。
時計なんてまだ珍しい頃で、誰でもが持ってるものではなかったの。
町で懐中時計を下げてる人を見ると、「あの人、ハイカラだねえ」と言われるくらいだから、そんなに次々と売れるものではなかったね。 店だけでは生活が思わしくないので、私は賃仕事をして稼いだの。 呉服店や芸者さんの仕立て物の仕事。いつまでにという急ぎの時は夜なべでもなんでもやったもんだよ。 ちょうど、長男が生まれたばかりのころは仕事をしているときに泣かれてもなかなか乳も出なかったから、米で作った糊にようなものを少し甘くして、泣いたらそれをなめさせてね。 そんなことをしながら仕事を続けたもんだよ。 その長男が今はもう70になるところだよ。
長いようでいて、あっという間だったんだね。 私ももう90だもの。長いうちには1口では言えないほど色々なことがあったよ。 でも、丈夫で働いてるころが1番だ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
これは平成4年に聞き取ったものです。 最後の「あんたも頑張ってね。」は聞き取りの寮母に言ったものです。 70になるという息子さんも後を継いで時計屋さんでした。 じいばあ園勤続
15年の記念品
開園15年でもあります。
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2010年11月21日
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