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特養の勤務シリーズ 175
文集から(17)花の名古屋
じいばあ園では入居者の生活の聞き取り文集を作ってました。 楽しい話、悲しい話、一度は語ってみたい、聞いてもらいたい、そんな話を聞き取ってまとめたものです。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
私は17.8歳のころ、名古屋の毛織会社で染め方をして働いていたんだ。
仕事は朝8時から夕方5時までだった。
仕事の内容は50メートルくらいの長い反物をローラーに掛けて、染まるのを監視してたんだ。 ただ見てるだけではなく、染料を入れたり、機械の調子を見たりするんだ。 1台の機械で4反から5反を染めるので、見ないでいるとローラーに掛けてる反物がよったり、挟まったりするから、少しも目を離せなかったよ。 受け持ちの機械は4台だったけど、誰かが休んだりすると、その人の分も見なければならなかった。これは大変だった。
男物を染めるよりも、婦人物の明るい緑や赤色を染めるのは難しかったな。
戦争中だから、軍服用の布を染めて縫製工場に何日の何時何分までに届けなければならないからって言われて、2晩も寝ないで働いたこともあった。
忙しくて、いつも残業してたなあ。 あんまり眠くって、寝込んでしまって反物をローラーに挟み込んで傷を付けてしまったこともあったよ。 主任に叱られて、始末書を書かされた。やっぱりボーナスに響くようだっけ。 残業が多かったので、給料も多かったな。
給料を貰うといつも酒を飲みに行った。飲み屋に行けば、友達がいっぱい居て、楽しかった。 度々行くので、金がなくなっても「つけ」で飲んで来るんだ。 ちゃんと後で飲み屋の人が寮に取りに来るんだ。 私は寮に住んでいたんだ。近くに女子寮もあって、「お〜い、遊びに来いや〜」と呼ぶと遊びに来るんだ。
私もよく女子寮に遊びに行ったもんだ。女の人とお茶を飲みながら話しをするのが楽しかった。 この会社に長く勤めていたら、役が付いて、部屋長や寮長をしろって辞令を貰ったんだ。
私がろくでなしなので、なにか役を付ければ少しはまともになるだろうと思ったんだろうな。 でも、自分から門限破ったりしたんだ。
寮から出れば、今日は○○で泊まるからとか、遅くなるからって、門番に電話するんだ。
そうすると、門番に「泊まらないで早く帰って来い」って言われるんだ。 休みは第1と第3日曜日で、休みの日はみんな我先にきれいな女の子の居る飲み屋に行って飲んだんだ。
活動写真もよく見たよ。
名古屋に居た頃は俺も花だったなあ。楽しいことばかりだった。
この世は女の子と金だ。
これがなければ楽しみがないな。
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この人は寝たきりから、車椅子自力操行になった人です。 この事はこのシリーズの24、25(平成21年4月15,16日)に掲載してます。
この人は、ホント酒が好きでした。 じいばあ園では医師に止められなければ、酒を飲むことが出来ました。
このことはこのシリーズの26に掲載してます。
1日置きにミニカップ(1合の半分)を飲んでいた時期がありました。 ご覧いただき、ありがとうございます。
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2010年12月05日
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