|
昨夜7時ころ、自治会の班長さんから電話があった。
そばの空き家に家の持ち主さんが
岩手県釜石市の被災者1家5人
を連れてきた。
民生委員さんも動いてる。
自治会長さんには連絡がつかないということだった。
私は行政区長という立場なので、それで連絡をくれたらしい。
明日、その人に会ってみるということにした。
今朝、8時少し前にそこに向かった。
挨拶もするかしないかに「どうぞ」と迎え入れられた。
家主さんの従兄弟一家5人ということだった。
母、息子夫婦、下の息子(独身)、孫娘
長男さんは市役所、下の息子さんは外科、お母さんは内科に行きたいということだった。
この土地が全く不案内のようだった。
下の息子さんは足を引いていた。
3人を車に乗せて、下の息子さんを外科医院に置き、お母さんを内科医院に置き、そして長男さんと市役所に行った。
長男さんは小さな会社を経営していたという。
家は津波でなくなったので、こちらに長くいることになるので、住民登録をしたい。
ただ、自分は会社の始末・手続きがあるので、4人だけ登録するということだった。
保険ほかで結構時間が掛かった。
その手続き中に話してくれたこと。
「津波が来る」ということで逃げたが、巻き込まれてしまった。
瓦礫とともに流された。その時になにかがぶつかって、左の肩を脱臼してしまった。
片手で材木にしがみついていたが、波に揉まれて手が離れて、何度か沈んだ。
もうだめかと思った。
片手なので疲れるし、だんだん暗くなった。
屋根のある家が近づいてきたので、片手でやっと屋根に這い上がった。
そして、うろ覚えの知識で左肩の脱臼を右手でなんとか戻した。
暗くなってから、自衛隊のヘリコプターが2度、3度上空に来たが気が付いてもらえなかった。
明るくなってから、海も大分おさまってきたので、かき分けかき分け陸に着くことができた。
避難所に着いたら、みんなに「よく生きていた」と言われた。
救護所で医者に診てもらったら、脱臼はそれでいいと言われた。
ま、ちょっと上がらないけどね。
冷たい水に長時間浸かっていたので、右足が凍傷を起こしている。
痛かゆいんだ。 ひどい状態なので刺激はだめなので、薬もなし。
自分の治癒力だけなんだって。
弟もけがをしたんだ。
会社の従業員も1人死んだ。
避難所生活になってからも、結果的には誤情報ながら津波がまた来るということで、また逃げ惑ったり、避難所を替えなければならなかったりで、疲れ果ててしまった。
こっちは良いねえ。
この着てるジャンパーももらったものだよ。
スニーカーは買ってもらった。
手続きが終わり、おかあさんを内科医院で拾って、新住居に戻りました。
テレビでは大きな津波被害の様子は見られますが、こんな具体的な話は聞くことができません。
みなさん、できる協力・支援をお願いします。
ありがとうございます。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年03月18日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




