|
まだこのような状態です。
被災状況を目の当たりにして心が沈みます。
5か月もたってこの状態ですから、被災当時はどのような状況だったのでしょう。
開店した店もあって、そこで昼食を摂りました。
被災前からの「シャッター」だったと思います。
ここの前はアーケードの天井も危険なので、通行禁止になってま
した。
まだ、信号が復旧していないところもあり、、警察官が手信号で交通整理をしてました。
埼玉県警、神奈川県警、県外の応援を得てました。
海岸に近いほう
建物は形だけは残ってます。
2階の瓦も傷んでます。ここまで津波が高かったのでしょう。
アパート
アパートの内部
道路沿いの広いところにおもちゃのように
4段、5段と重ねられた自動車。
1,000台以上と思います。
工場のわきに仰向けの船が
かたずけ中
前の道路に水があります。
水が引かない、というのではなく、地盤が沈下したのかも。
食堂 暖簾が残っているのが一層もの悲しさを誘います。
道路わきの瓦礫の山
瓦礫の置き場がないと言いますが、
これからも瓦礫はまだまだ増えます。
このような建物が林立してましたから。
これを見ますと、なかなか「がんばろう東北」と言えません。
へたり込んでしまいそうです。
でも、
「がんばろう 東北」
皆さんのご支援をお願いします。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年08月12日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




