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異国の花
米国人芸者 キング・メリーさん
大正12年3月26日 地方紙
異国の花
名も柔さしい
キング、メリー 半生を流転して芸者 となる迄の涙の哀史 幡街藤屋から今晩アリー 『どうぞ御ひゐきお引立のほどを米国芸者キング、メリー・・・』
斯ふした素敵に毛色の変わった名刺に金髪のふくよかな顔だけを円く 抜いた写真が入れられて、二三日前の晩から幡街の各お座敷を通して お披露に及び明るい灯を慕ひ寄るお客連をアッと驚かしたニュースがあ る 外人と云へばまづ赤い髯を顎に垂た老人の宣教師か白いきれを頭に 黒いガウンを身に纏ふた野暮な尼さん位しか見られない盛岡に外人芸 者の出現は新聞種としても得難い好材料と悦びながら、折からの春雨を 冒して、目指す『ふじ屋』へ行ってみる軽快なダンス服の短い袖や襟筋か ら遠慮なくあらはれた真白い雪のやうな両腕や稍赤みのさした厚い胸 壁のあたりから発散する異人種の匂ひと体に振りまいた芳香が 一緒くたに混って座敷の空○に流れ込む
小笠原流か何かで唐紙(からかみ)を排してすっとあらはれたかと思ふ と、今度は畳の上に豊満な両足を折曲げながら普通芸者がするやうに いと慎ましやかに快活に両手をついて『今晩は』と愛嬌たっぷりの御挨 拶があるに先ず度肝を抜かれた。
然し向ふは流石に芸者にでも出やうといふだけに頗る場馴れたもので 片言まぢりの日本語ながら持て生まれたヤンキー気質を発揮して 野暮臭いお客の一人や二人はアッと云はせる意気組である土地名物の 金山踊りを始め果てはオバコだ磯節だ喇叭節だと何でも御座れの芸当 をやってのけるには二度吃驚だがしかし東北の盛岡にまで流転して『今 晩あり』と出る決心をした彼女の述懐を聴いてみると愛欲の中に青春の 命を燃やして来た一編の哀史がある
× × × メリーさんは実名をキング・アイダ と云って米国加州ラッセンジェラス 町の旧家に生まれ厳父と慈母と唯一人の妹と四人で青春期に至る迄は 人生の若々しい幸福の中に浸ってゐた。 興味のある人はさらに新聞記事を読んでください
写真の脇に
芸者あさ子の三味線に連れてダンスを踊るメリーさん
と書いてあります。
幡街は盛岡の地名なのか分かりません。
唐紙(からかみ)は ふすま
このような文章は女性記者では書かないかもしれませんね。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
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