|
明治・大正期の内科以外の
薬の新聞広告
科の分け方は適当です。
らい病(ハンセン氏病)
大信堂薬店
業病(ごうびょう)とも言われ、強制収容の病気とされた。
菅さんが厚労大臣のときに強制収容に対して謝罪し
強制収容を廃止した。(のでしたよね?)
明治45年6月28日
わきが 中村喜三郎
大正2年5月3日
耳の病 らい病は不治か 後藤東洲
従五位森医学博士 一般にらいは不治と思われていたようです。
大正3年7月16日
ロート目薬 井上博士 サストスグキク
定価20銭、10銭
大正3年7月22日
あざ 博済堂薬院
大正3年7月22日
たむし 博済薬院
上のあざの広告と所在地、店名が似ているので、
同じところと思われます。
大正3年7月22日
大学目薬 参天堂薬房
小瓶10銭、中瓶20銭 送料小瓶・中瓶2銭
大正2年12月14日
上の広告と効能の相違
上だけ 血目(ちめ) のぼせ目
ただ、下の広告では其の外眼病一切とある。
大正5年11月12日
百調湯 資生堂 大正6年3月14日 ラヂウム療治科 子宮癌 中村産科婦人科医院
大正8年9月9日
従五位(じゅごい)とは位階の一つで正五位の下で正六位の上。
冗談で言えば、正一位稲荷大明神よりず〜っと下で、さらに五位鷺(ゴイサギ)よりちょっと下です。
平安時代は従五位以上は貴族だったそうです。
現在は貴族も簡単になれるようになりました。
私の息子も貴族です。いわゆる独身貴族といわれるやつです。
花を添えましょう。庭のマツバギクです。
左上の白いのはニリンソウです。 今日もおいでいただき、ありがとうございます。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2013年06月25日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



