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岩手県出身の人(6) 石川啄木
現盛岡市玉山区生まれ 本名石川一(はじめ)
明治19(1886)年2月20日生
〜明治45(1912)年4月13日没 26歳
明治38年6月11日付け 岩手日報
石川啄木 19歳 原稿料で家族の生計を支えた
これは図書館のマイクロフィルムのものです。
この新聞の原稿を書いていたころの住まい
「啄木新婚の家」と言われている。
訪れる人もいる。 家の中に掲げられているご夫婦の写真
町から細い道路を入ったところにある。
駐車場はない。少し離れたところに路上駐車。
説明を読むと、ここには3週間しか居なかった。
そして、図の黄色い表示された3室だけ
間借りしていた。
そして、石川家が出入りしていたの
この裏の玄関だった。
昭和9年4月13日付け 岩手日報
昭和10年5月10日付け 岩手日報
剣豪千葉周作
彼のお墓は東京にあり、随分前にこのブログで
紹介したことがあります。
知っている人は知っている。
「赤胴鈴之助」の先生ですよね。
遠山金四郎のお墓とすぐ近くでした。(並んでいたかな)
昭和36年4月14日付け 岩手日報
石川啄木記念館
この表示の日に行きました。
やはらかに やなぎあをめる北上の
岸部目に見ゆ泣けとごとくに (啄木)
はい、そしてその北上川の源泉です。
ここから日本有数の大河になるんですね。 弓弭(ゆはず)の泉から。
ふるさとの 山にむかひて 言ふことなし
ふるさとの山は ありがたきかな(啄木)
まだ、ハルです。(今日撮ったもの)
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
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2015年06月01日
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