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16日に息子と孫が来たので、妻と一緒にお墓参りに行きました。
お墓参りを済ませ、灯篭流しと百鹿大群舞を見て、翌17日の午前中に帰っていきました。
24時間弱の滞在でした。
次に殿様のお墓という所にお参りに行きました。
「私たちは御仏様の教えを信じ、正しく優しくにこにこと働く良い子になります」というのがお誓いの言葉でした。
運動会や冬には雪の芸術祭などもありました。
若い和尚さん。子供はみんな慕ってました。でも若くして亡くなりました。
このお寺の後ろです。
当地は会社で言えば仙台の支店みたいなものでしょうか。
5000石格だったそうです。
こことは別に藩内には出張所のような地区もたくさんあったそうです。
この殿様のときに明治維新になりました。
次男は町家に婿に下りました。
今日もおいでいただき、
ありがとうございます。
あおぞらはただいま「北上川にかかる橋」の執筆中です。
岩手県盛岡市の四十四田ダムのすぐ下の四十四田橋から宮城県石巻市の新北上大橋までの53橋の調査をしています。
エピソード 第4話 ダム 堤上の橋
北上川にはダムの堤上の橋が2か所ありました。
1つは盛岡市の四十四田ダム、もう1つは宮城県石巻市の飯野川可動堰です。
四十四田ダムの堤上は昭和43年10月から53年5月まで、橋ができるまでの臨時に利用しました。
飯野川橋は可動堰上を正式に橋として建設し、使用しました。
昭和6年5月から同49年12月まで。
ダム堤上を橋として利用しているところは結構ありますよね。
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