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ブログ10年記念焼き直し(18)
落下傘の降下の様子
平成20年11月10日(月)の
ブログの焼き直しです。
昭和30年代後半、学生時代のこと。
千葉県・習志野空挺団が近いので落下傘降下は普通に見られることだった。授業中も窓から見られた。
遠目での降下の様子は、多いときは5,6機の飛行機からそれぞれおよそ10人がポンポンと続けて飛び出す。そりゃあ、見事なものだ。タンポポの綿毛をフ―ッと吹き飛ばしたような感じだ。ふわふわと数十人が降りていくのが遠くに見える。
一度どこに降りるんだろうと、その方向を捜しに行ったことがある。この辺かなという辺りに来た時、運よく飛行機が飛んできた。そして降下を始めた。見上げれば青い空に白い落下傘だ。それも一つや二つではない。20人ほどだろうか。ポンポンと飛び出してくる。段々降りて近づいてきた。降りる速さが一様ではない。スーッと早い人、ふわふわゆっくり降りてくる人、様々だった。
一番驚いたのは、ん、もったいないなあ。教えるのもったいない。
関係者以外は多分知らないんだろうな。いやいや、防衛庁長官だって知らないんだろうな。
それはなんと、降下しながら雑談と思われる話をしてるんだ。命令口調、報告口調、そういう感じではなかった。笑い声まで聞こえたように思う。
慣れてしまえばそんなものなのかな。でも、ちょっとリラックスし過ぎじゃないの。
こんなことは上官には内緒でしょ。
そこの草原(短い草)に未舗装で赤土がむき出しの幅3メートルくらいで長さが100メートルの場所があった。
何だろうとボ〜っと見ていたら、小型飛行機が着陸態勢で向かってきた。そしてそこに着陸した。40過ぎの自衛官が降りてきて話しかけられた。なんと同じ大学の大先輩とことだった。
これが滑走路だったとは。
そのころは囲いがなく自由に出入りができたが、ナイキとかアジャックスを配備するとかいう話が出たころにバラ線が張られてしまった。
訓練には体力だ。日中、10人くらいが隊列を組んで駆け足行進をしている。列から少し離れて上官らしい人が掛け声を掛けながら町の中を走っていた。
朝6時の起床ラッパ。午後9時の消灯ラッパが毎日聞こえていた。思い出すなあ。
今日もおいでいただき、
ありがとうございます。
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