|
ブログ10年記念焼き直し(11) 屠殺を見てしまった。食べ物への感謝
平成20年10月17日(火)のブログの焼き直しです。
これは昭和31(1956)年のことと思う。
凄惨な場面の描写があります。
中学生の時、屠殺場で、ブタを大ハンマーで屠殺するのを見たことがある。
中学校の学校田で稲刈りをしたあと、数人で学校へ戻る途中の屠殺場に寄ってみたのだった。
屠殺人が大ハンマーを振り上げて、ブタを隅に追い詰める。豚は死を察してキーキー鳴いていた。そして豚の動きが止まった一瞬に屠殺人はハンマーを豚の眉間に振り下ろした。
ブタはキーっと一声もがいて息絶えた。屠殺人は直ぐに喉を切って血を出した。
これを「残酷」というのはきれいごとであろう。
その日は弁当を食べることができなかった。
随分前にある著名人が「自分で殺すことが出来るものを食べるのが、体に合っている」というようなことを言っていた。
それだと私は小魚、小鳥くらいしか食べられない。しかしそれが正解かもしれない。
ただ、現実には豚肉も牛肉も食べる。
少なくとも、食べられる動物(豚、牛、鶏等)と、それを私たちに食べられるようにしてくれた人には感謝しなければならないであろう。
前出の屠殺人だって決して楽しいはずがない。(その人は街の肉屋さんだった)
そういう仕事をしてくれる人が居ればこそスーパーで肉だけを見て、おいしそうだと買って食べられる。
単なる食べ物ではなく、命を差し出した物への感謝があってしかるべきであろう。あだや、おろそかにはできない。
このことを書いていて生きるということは、他の動植物の犠牲の上に成り立っていることを私自身が再認識させられた。
今日もおいでいただき、
ありがとうございます。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



