|
ブログ10年記念焼き直し(20) 平成20年10月16日 昭和20年代前半の田舎の小学校(1) 私は昭和23(1948)年4月に「小学校」に入りました。戦後なので今の小学校と基本的には同じだと思います。 少し前の学年の子どもは「国民学校」と行ったそうです。かの有名な墨塗りの教科書を使ったんでしょう。 教育勅語は聞きませんでした。 私のころは少し落ち着いて、ま、普通の教科書でした。 校舎は当然木造で2階建てでした。児童数は1200人ほどで、離れた地域の子どもには分校が3か所で、3年生、4年生になると本校への通学となります。 服装は一年生から一応洋服(単に和服ではないということ)で和服で来る子はいませんでした。2,3年前まではいたようです。そしてそのころは未就学の弟や妹を連れて来る子もあったらしいです。それでも学校に行かせてもらえばいいのです。 ランドセルはどうだったでしょうか。少なかったかもしれません。あおぞらは母の実家が文房具店でランドセルもあったらしい。それで皮ではないがランドセルを背負わされてもらいました。 一年生の時、「ひらがな」を先に習いました。3年上の子は「カタカナ」が先でした。 「みんないいこ。おはなをかざる。みんないいこ」これが一年生の最初だったのかなあ。 判然としません。 算数の教科書には足し算は2+3= のようには書いてありませんでした。 2と3は と書いてありました。 ほかの教科書はどんなだったか理科も社会も全然覚えていません。音楽と言えば歌うことと児童が使う楽器はカスタネットだけでした。先生にはオルガンがありました。 教科書は毎年同じものを使用するので、新しいのを買わないで上級生のを譲ってもらって使うこともありました。 続く 今日もおいでいただき、
ありがとうございます。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



