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泣き寝いりするな
昭和20年9月5日 地方紙
泣き寝いりするな
家宅侵入のときは大声で叫べ 暴行米兵の注意 去る八月廿八日以来連合軍は帝都周辺其他の地域に逐次進駐中であるが一般に極めて平和的雰囲気をもって順調に進行してゐるから国民としては徒らに不安動揺にかられる事のない様慎重平静な態度が肝要である、
米軍の軍紀は比較的厳正で進駐軍当局も暴行将兵に対しては軍律に照らして厳重処分する旨の布告を行ってゐるが今日までに暴行六件、掠奪その他不法行為卅八件といふ不祥事を惹起してゐる例もあるのでこの際進駐地域の一般住民としては凡ゆる場合に関して不祥事の起らぬ様これが未然防止に心掛けねばならぬ、
これに対しては我が政府当局でも連合軍当事者と協力この種事故防止には万全の措置をとるべく努力しつゝあるが一般民態度としても彼等の不法行為を誘発するが如き隙を見せず毅然たる○面を保持することが最も大切である、中でもこの際特に望まれることは ▼進駐地域及びその付近の町内会部落会隣組などは相互に警戒強化 の上この種事故の防止に役立つ様な組織を確立して置くこと、町内に 外国語の可能なものでもあればそれを活用して相互間の意志疎通を図 る様務めること ▼付近の婦女子は外国兵と濫りに接触せぬ様注意すると共に服装 を端正にし出来る限り地味な色彩の物を着用その行動も軽薄を慎 み飽く迄毅然として又若い女の一人歩きや夜間の外出も控へるこ と ▼ 省略 ▼ 省略 ▼万一不法にも家宅に侵入された時は大声を出し救助を求めること ▼不法将兵に対しては最後的抵抗し、噛付くとか肩章をもぎ取ると か、強く反発し徒に周章狼狽して取り乱したり、茫然自失すること なく咄嗟に近隣に救ひを求めるなど自衛上適切な措置をとること ▼ 省略
この年の8月15日に終戦(敗戦)となり、21日後の記事です。
卅八件は38件
沖縄県は今でもこの状態が続いてるのでしょう。
ブタナ
いつも新聞のマイクロフィルムを見に行ってる図書館の芝生に
こんな状態で生えてます。
ブタナはヨーロッパ原産で、明治期に日本に侵入しました。
「タンポポモドキ」と命名されましたが、フランスで「豚のサラダ菜」と
呼ばれていて、それを訳した名前で今はブタナが定着しています。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
女性関係の記事はこれで一旦終了します。
明日は女性の募集広告様ざまです。
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新聞
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異国の花
米国人芸者 キング・メリーさん
大正12年3月26日 地方紙
異国の花
名も柔さしい
キング、メリー 半生を流転して芸者 となる迄の涙の哀史 幡街藤屋から今晩アリー 『どうぞ御ひゐきお引立のほどを米国芸者キング、メリー・・・』
斯ふした素敵に毛色の変わった名刺に金髪のふくよかな顔だけを円く 抜いた写真が入れられて、二三日前の晩から幡街の各お座敷を通して お披露に及び明るい灯を慕ひ寄るお客連をアッと驚かしたニュースがあ る 外人と云へばまづ赤い髯を顎に垂た老人の宣教師か白いきれを頭に 黒いガウンを身に纏ふた野暮な尼さん位しか見られない盛岡に外人芸 者の出現は新聞種としても得難い好材料と悦びながら、折からの春雨を 冒して、目指す『ふじ屋』へ行ってみる軽快なダンス服の短い袖や襟筋か ら遠慮なくあらはれた真白い雪のやうな両腕や稍赤みのさした厚い胸 壁のあたりから発散する異人種の匂ひと体に振りまいた芳香が 一緒くたに混って座敷の空○に流れ込む
小笠原流か何かで唐紙(からかみ)を排してすっとあらはれたかと思ふ と、今度は畳の上に豊満な両足を折曲げながら普通芸者がするやうに いと慎ましやかに快活に両手をついて『今晩は』と愛嬌たっぷりの御挨 拶があるに先ず度肝を抜かれた。
然し向ふは流石に芸者にでも出やうといふだけに頗る場馴れたもので 片言まぢりの日本語ながら持て生まれたヤンキー気質を発揮して 野暮臭いお客の一人や二人はアッと云はせる意気組である土地名物の 金山踊りを始め果てはオバコだ磯節だ喇叭節だと何でも御座れの芸当 をやってのけるには二度吃驚だがしかし東北の盛岡にまで流転して『今 晩あり』と出る決心をした彼女の述懐を聴いてみると愛欲の中に青春の 命を燃やして来た一編の哀史がある
× × × メリーさんは実名をキング・アイダ と云って米国加州ラッセンジェラス 町の旧家に生まれ厳父と慈母と唯一人の妹と四人で青春期に至る迄は 人生の若々しい幸福の中に浸ってゐた。 興味のある人はさらに新聞記事を読んでください
写真の脇に
芸者あさ子の三味線に連れてダンスを踊るメリーさん
と書いてあります。
幡街は盛岡の地名なのか分かりません。
唐紙(からかみ)は ふすま
このような文章は女性記者では書かないかもしれませんね。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
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夫を何と呼ぶべきか
昭和13年5月1日
婦人知識
夫を何と呼ぶべきか
相手次第で区別が必要です 新妻の言葉づかひ 新妻が夫を何とよんだらよいか乃至はどの程度の敬語を使ったらよいかといふことは大体相場ががわかってゐますが、
夫の対して自分の両親や兄弟姉妹のことをどういふ言葉で話したらよいか、逆に夫の両親に夫のことや弟妹(婚家の)のことを、どのやうな言葉ではなしたらよいか、 親戚にはどうと考へるとなかなか易しいことではありません、 日本語にはあまり階級が多すぎるので、新妻が戸惑ひするのも無理はありません、
遠くにゐる嫁が舅や姑に手紙を書くのに 『主人は何々へ出張致し、たゞ今留守で御座います』とか『太郎(主人のこと)は今度の休暇にお墓参りに帰省したいと申してをります』などといふ言葉づかひをして舅や姑にいやな気持ちをいだかせたりすることは世間によくあることです。
原則として婚家の家族に対しては自分をば夫のすぐ下の妹といふ地位において相当の言葉を使へば大てい間違いありません、
要 約
舅姑には趣味に合わせて 何々さんまたは旦那さん
夫の弟妹には お兄様 親戚(伯父伯母)には 太郎さんのようにさんを付ける 従兄弟姉妹で年配の人には 呼び捨てにする 小さい人々には 太郎さんのようにさんをさんを付ける 小さい従兄弟には 太郎さんのようにさんをさんを付ける 遠い親戚には 太郎のように呼び捨てにする 夫と交渉の無い人 主人、あるじ その他 姓を言う
舅姑や夫の兄弟姉妹は他人の前では完全に自分の父母、兄弟とおなじに考へて一切卑語で通すのが当然であります。 「夫を何と呼ぶべきか」という見出しなのに直接夫を呼ぶ言い方 は書いてありません。
「あなた」とか「お前さん」とか、子供が生まれたら「お父さん」とかなんでしょうか。
このような記事、当地にそぐわないように思います。 数十年前、東京の父の知人宅に兄が伺った際、そこの奥様はご主人を「桑鶴」と苗字で呼び捨てにしていたとのことです。 卑語 初めて出会った言葉です。 意味はいやしい言葉。いなかびたことば (広辞苑) 最後の文章の流れからすると卑語とは謙譲語のことかと思いました。
広辞苑が示す意味ですとしっくりこない感じです。 数年前、次男がじいばあ園の仕事で、花巻のバラ園に入居者を
連れて行ったときに、バラ園から貰ったのを地植えにしたものです。 極々ミニです。
左のスミレ(ノジスミレ)より少し背が高いだけです。 今日もおいでいただき、ありがとうございます。
女性の記事はまだ続きます。
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西洋の伏姫と犬の葬式の記録破り
大正4年7月2日
出っ歯の亀さんの記事と同じ日の同じページに載っていたものです。
西洋の伏姫
紐育(ニューヨーク)にバンシーー夫人と云ふ後家さんがある夫人に 生まれつき大変に犬好きで手許に愛育してゐる種類さまざまの犬ばか
りでも五十何頭あるが 最近此犬のうちで特に夫人を恋ひ慕ふ一頭の
犬があった 夫人は遂に犬の恋にほだされて仮に其犬を夫として近頃
犬と結婚披露の宴を開き知己朋友を招待したと云ふ珍な話がある、
次いで珍しい話は
犬の葬式の記録破り
米国のピチーフヒールの富豪のジョーヂモアー家では此程未曽有の 犬の葬式と云ふものをやった、犬は仏蘭西種のブルドグで十二年モア
ー家に愛育されて死んだ其死体を納めた棺は内部は総て銀で其上へ
金箔を覆ふたものである 自動車にのせて寺の墓場に送る墓は勿論
大理石で其上に此犬の肖像が彫刻家によって縷刻(るこく)されてゐる 其総経費一万二千弗(ドル)と云ふ、犬の葬式の記録(れこーど)破りだ
との話し
あおぞら注:伏姫とは 滝沢馬琴の南総里見八犬伝(なんそうさと
みはっけんでん)のお話の中で、犬と結婚したお姫様
12,000ドル 今1ドル100として120万円 アメリカでは大正4 年と今では何倍になっているでしょうか。 日本なら、1万倍とすると120億円になります。 アメリカはそれほどのインフレはなかったでしょうか。
換算はいい加減です。デタラメと思ってください。
鏤刻 私は初めて出会った言葉です。
記事では縷刻となって居ますが、金ヘンの鏤刻が正しいようです。
意味は金属や木に文字・絵画などをちりばめきざむこと。 (鏤は金属に彫る。刻は木に彫るという説明の辞典もあります。)
ドウダンツツジの上に咲いたテッセン(クレマチス)
ぽちゃさんとこは花が終わったようですが、
我が家のは今が満開です。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。 |
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戸籍を返せ!
昭和14年5月4日
戸籍を返せ!
売飛ばされた養女 花巻署に泣き込む 戸籍を返して貰ふのに莫大な費用がかかるものでせうかと去る卅日 花巻署人事相談係り持込んで来た話----
花巻町向小路古物商山崎ハナ(四七)二女きよ(二〇)さんは十三 歳の時下閉伊郡山田町に肉屋を営んでゐる、川守田某の養女とし
て入籍したが きよさんの語るところに依れば 川守田方には当時
子供がなく、きよさんを我が子同様大切に養育してゐたが其後二三年
たって子供が出来たそれ以来きよさんよりも生れた子供を大切にして
きよさんにろくな手当もせず遂にきよさんを東京洲崎に娼妓として売
り飛ばしてしまったのであるが きよさんも泣き泣き洲崎に契約期
間勤めてゐたが期間が切れるや川守田は再び売り飛ばそうとしてゐ
たのでたまり兼ねたきよさんは数日前郷里花巻町に一人ある母親の
許(もと)に逃げ帰り戸籍を返してくれと(川守田に)交渉した処、金を
これこれ積んだならば返してやると云ふて来たのでその日暮らしの
母親ハナさんは遂に花巻署人事係話しを持ち出したのであるが 花巻
署では川守田を呼び出して両人の話しを聞いた上善処することに
なった
いつの世も人身売買は許されません。
江戸時代でも人身売買は禁止だったそうです。 ただ抜け道として、買ったほうは養子ということにし、お金はそれまで
の養育料という名目にしたそうです。
庭にニリンソウが咲きました。
2輪同時には咲かないで、先に1輪だけ咲きます。
今日もおいでいただき、ありがとうございます
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