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昨日はテレビは1日中震災関係の番組だったようです。
NHKを見てましたら、東日本大震災1周年追悼式をしてました。
画像の両陛下とともに2時46分に1分間の黙とうを被災地の方向、東に向かって手を合わせました。
同時に地元の消防署のサイレンも鳴りました。
1分間でサイレンが鳴り終わりましたが、近くのお寺の鐘の音はその後も聞こえてました。
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被災時の映像が何度も放映されました。
被災者の色いろな声が放送されました。
九死に一生を得た話、避難所での生活、身内を亡くした話、・・・・・・
まだまだご苦労は続きそうです。
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自然現象
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「初雪や 二の字 二の字のげたの跡」
なんて俳句があるそうです。
が、現在下駄を履かないのでこんな風景はありませんね。
当地の初雪はいつもこんな状態です。
昨日午後から夜に降りました。
いつも11月にいきなりどかっと脅かすように降ります。
これからどんどん降り続くわけではありません。
これは一旦融けて、雪はなくなります。
種類の違った柿を時期を変えて吊るしました。
ベランダから下を見ると。
駐車場
駐車場と隣り 少し待てば融けます。
ご覧のように地面のほうは融け始めています。
こうして書いている時も日が差して融けています。
初雪はもう少しかわいらしく降ってもらいたいものです。
皆さんのほうの初雪はどんな降りかたですか。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
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岩手県大船渡市の郵便局
被害のあった郵便局だけをピックアップしました。
大船渡大通郵便局
あのころは
大通りと名が付くように市街地にありました。 そして今は 道路向かいの電柱に
昭和35年のチリ地震津波の高さを示した表示
高さ5.6メートル
赤崎郵便局
あのころは そして今は どこがどこやら分かりませんでした。 郵便配達員が通りかかりましたので、場所を尋ねました。 あのコンクリートで固めたところの前ということでした。 そこと思われる所に行きましたら、隣の敷地のガレキを片付けている人がいました。 作業中の人に尋ねましたら、そこが郵便局があったところとのことで、確定です。 私は角地だったということは記憶にありませんでした。 この状態で営業中です。
このガソリンスタンドで給油して、三陸局の場所を尋ねました。
すぐ近くでした。 三陸郵便局
あのころは そして、今は 屋上越しに海が見えます。
細浦郵便局
あのころは そして、今は
うろうろ捜しまわりました。 さっぱり分かりません。
高台に居た年配のご婦人に尋ねました。 降りて行って、あっちやらこっちやらとおっしゃいますが、不案内の土地の上、目印がよく分かりません。 申し訳ありませんが、同乗して頂いて、案内していただきました。
このご婦人の家も流されてしまって、高台の親せきの家でお世話になっているのだそうです。 戻って、ちょうど車にあった駄菓子1袋お礼に差し上げました。
あのころの写真と見比べて、上のほうの家とスピーカーで確認できました。 崎浜簡易郵便局
岩手信漁連越喜来支店 崎浜出張所内 あのころは
そして、そして今は 聞いたら、この辺とのことでした。
細い道路を挟んで、すぐ防潮堤です。
この掛箱型のポストもお店ごと流されてしまったそうです。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
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9月7日、
被災地岩手県大船渡市に行ってきました。
被災地
金属瓦礫をキューブ状にして積んでありました。
チリ地震津波の標識
災害は忘れたころにやってくる
昭和35,5,24
5.6M
海は穏やか。
だけど地盤沈下
近くの高台の鉄道駅 恋し浜駅
地区名は小石浜
防潮堤もこのありさま。
大船渡市三陸町 この杉は無事でした。
1000年に1度の津浪でもこの杉は6回くらい遭遇している。
三陸大王杉 7000年の杉、
登り口にあった説明版が流されてなくなっています。
岩手県の縄文杉ですね。 千年杉もそばに
大王杉の登り口辺の津浪記念碑
1.大地震の後に津浪が来る
1.地震があったら高い所へ集まれ
1.津浪に追はれたら何処でも此処位の高い処に上れ
1.遠くに逃げては津浪に追付かる
近くの高い所を用意して置け
1.県指定の住宅適地より低い所へ家を建てるな
裏面には 三陸津浪受難者供養碑
とあり、28名の受難者の氏名が記されていました。
昭和57年3月と
3番目に ここくらいの高い所に上れ とありますが、残念ながら
今回の津波はここより3、4メートルくらい高い所まで来たようです。
ガソリンスタンド
けなげにもこんな状態で営業していました。
応援の意味で給油してもらいました。
帰りに産直で。
柿ソフト この地区は柿の産地です。
柿の味がしました。
大船渡市は先日紹介した陸前高田市の隣の市です。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
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岩手県陸前高田市に入りました。
途中被害地を通りました。
そして、 陸前高田市の中心部で最初に飛び込ん できた光景がこれ。
がれきと化した自動車置き場。
残った建物 陸前高田郵便局 2階まで浸水していた。
警察 コンクリートのガレキ置き場。
木質のガレキ置き場。
木質のガレキ置き場。
瓦礫は種別に分けてあるようだ。
景勝高田松原、数千本の松が流されてしまった。
この松がただ1本残った。 しかし潮のためか枯れてしまったようだ。
立ち入り禁止で近くに行けなかった。
この浜で子供を遊ばせたことがあった。
もう30年も前のことになる。
線路もこのありさま 復旧はいつのことやら
少し高い道路にはこのようなものが。
↑ これより先
津波浸水想定区域
今回の震災以前から表示されていた。
上の↑の看板
ここの場合は本当にぎりぎりここまで津波が止まったようだ。
ここは例外なんでしょう。
想定された区域がほぼ合っている。
このような表示板がいくつか見られた。
何事もなかったように
今日もおいでいただき、ありがとうございます。 |




