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幼稚園。 当時、町で 唯一の 幼稚園 でした。
歴史は大変古くて、県でも1位、2位を争うようです。
大正14年 9月に 設置認可に なりました。
婦人会の 方々の 設置で、私立でした。 私立では、県で 最初のようです。
昭和4年に 町立に なりました。 人口は 1万人 そこそこの 小さな町でした。
そのため、長いこと 自前の 園舎がなく、間借りが 続きました。
私より、一つ年上の 昭和21年 入園の人の時は、借りる 園舎も なかったんだそうで、
半年ほど 屋外での 「 あおぞら 幼稚園 」 だったそうです。
雨の日は 当然、お休み です。
私たちは、昭和22年の入園です。
園舎は、警察の 武徳殿 ( 柔剣 道場 ) を 借りたものでした。
園児は 100名ほどで、先生は 3名でした。
警察の 武徳殿を 借りているわけで、園庭は ありませんでした。
園児が 出入りしないほうの 扉は、開ければ、すぐ留置場でした。
いたずらしたら、そこに入れると、先生に 脅かされました。
内部は 武徳殿 ( 柔剣 道場 ) ですので、小さな体育館 と いう感じ殺風景です。
天井は 高いです。そして、トイレは 外に ありました。
遊具は、滑り台は ありました。 ブランコは ありません。
他に、大きな 積み木が ありました。 創立以来の ものでしょうか。 色は 塗ってあり
ません。
角が全部 磨り減った ように、丸まって いました。 もともと 危険防止のため 面取り し
たのでしょうか。 分かりません。
滑り台と 積み木のほかに 何があったのでしょう。 そんなもんですね。 オルガンなんて、
なかったようです。
幼稚園に 行くのが いやで、母に 手を引っ張られて、泣きながら 行ったことも ありま
した。
そうこうしているうちに、創立以来 初めて、独立の 本当の 園舎が 出来ました。
いよいよ 引越しです。
何月だったんでしょうか。 天気の 良い日 でした。 園児は 椅子を1つずつ 持って、町
の 中心部を 通って 引越しを しました。
400〜500メートル でしょうか。 ぞろぞろ、並んで 歩いたのを 覚えています。
道路は、完全未舗装で、自動車は ほとんど 通らない 時代でした。
( 私の 昭和22年の 入園生も あおぞら 幼稚園が 短期間 あったんだ そうです。 た
だ、私の記憶には ありません。)
その 幼稚園は 今でも、同じ場所に あります。
お読みいただき、ありがとうございます。
明日は、引っ越して からの ことです。
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